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| 相変わらずの変な寝相 |
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| 私の部屋の前の景色 |
イギリス留学→通訳→NGO職員→青年海外協力隊→国連ボランティア→JPO→国連職員…。世界でいろんな点と点をつなぐ旅を綴っていきます。
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| 相変わらずの変な寝相 |
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| 私の部屋の前の景色 |
前回のブログ記事にも書いた通り、6月上旬からウガンダの新しいポストに着任しました。私が着任したのは、ウガンダ南西部にあるKyaka(「チャカ」)というところにあるUNHCRフィールド事務所で、主にコンゴ民主共和国やブルンジ、ルワンダなどから来た難民・庇護申請者が約12万人ほど暮らす居住地のど真ん中に位置しています。
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| ウガンダは西側にコンゴ民、東側にケニア、南側にルワンダとタンザニア、北側に南スーダンに囲まれている |
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| スタッフ宿舎の敷地内。良く例えると、高原にあるリゾート地。 階段を下がると私の部屋がある。 |
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| Googleマップにも道が載っていないような田舎に位置するチャカ。 最寄りの町はKyegegwaで、スタッフは日用品の買い出しのためにKyegegwaかもう少しは離れたMubendeまで行く。ちなみにMubendeには中華系のスーパーがあり、買い出しに行く時はいつもそこに行っているそう(私は着任してから一度もチャカから出たことがない。。。) |
チャカに着任してから10日近く自主隔離期間があったので、実際に事務所で仕事を始めたのは6月中旬頃。今回の仕事は准フィールドオフィサーということもあって、まずは難民居住地区や実施中のプロジェクトなどを知らないと話が始まらないので、私の前任者や、チャカにもう数十年もいる定年退職直前でかつ歩く歴史教科書のような長老ウガンダ人スタッフと一緒にいろんなところ(居住地内の施設など)をまわることから始めてます。
週末以外は毎日この前任者と歩く歴史教科書的長老、そして同い年のエチオピア人の同僚と一緒に、仕事の後に事務所の周辺地域を1時間半くらいウォーキングに行ってます。本当に周りの景色が素晴らしくっていい気分転換になるのと、前任者のタンザニア人おばちゃん(彼女も実は定年退職直前)と長老がものすごく周りの居住地区の情報をよく知っているので、いい勉強になっています。
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| ウガンダ人長老(前)と同じく定年退職直前のタンザニア人のベテランおばちゃん |
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| 散歩先から見えるUNHCRの宿舎の壁(白と水色)。本当にど田舎にあるのがよくわかるでしょう(笑) |
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| 宿舎から出ると外はすぐ難民居住地区。とは言っても、難民キャンプのようにシェルターが固まってあるわけではなくて、どちらかというと土壁の家が村の中に点々とあるというイメージ。家の作りも、コンゴ民東部からきた難民が多いためにコンゴ東部と全く同じで、またコンゴ民にいるような錯覚に陥る。 |
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| 時々散歩で遅くなるとお月様が見えて綺麗 |
ちなみに、チャカは1984年から存在する難民居住地なので、長年国際機関やNGOなど多数の団体が支援に入っていて、日本のNGOも実はプロジェクトを実施しています。日本人スタッフはチャカには常駐していないけど、日本の団体がウガンダの僻地に入って難民支援を行なっていることを知ると、やっぱり嬉しいですね。
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| 多数の支援団体のボードがある |
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| 日本のNGO、ピースウィンズジャパン(PWJ)が建設した難民居住地にある小学校のトイレ。 |
ちなみに、コンゴ民から一緒に引っ越してきた愛猫サミラもとても元気にやってます。前任地のブニアからはとっても長旅だったのと、途中で首都カンパラで数日ホテル暮らしだったこともあって、かなり精神的にも負担になっていたとは思うのですが、チャカに着いてから1週間ほどで慣れて、宿舎の敷地内ならば外に出しても自由に遊べるほどまでになりました。今ではほぼ全てのスタッフに存在を知られるほど、みんなに親しまれる猫となってます(笑)。
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| チャカも日中は結構暑くなるので、またお腹を出した体勢で寝ることが多くなった |
平時はウガンダ人スタッフは毎週末ほとんど皆地元に帰るために、事務所の宿舎は閑散とするらしいですが、移動制限があるためにほぼ全員宿舎に残り、毎週末簡単なパーティーがあります。移動制限とかは不便なので早く終わって欲しいけど、他のスタッフと交流するには新米の私にはこのような機会は絶好のチャンスなので、ピンチをチャンスとして活用してます。
こんな感じでボチボチやっております。今のところ、田舎で不便な面もありますが、幸いとてもいい同僚たちに恵まれて、元気にやってます。
前回の投稿を見ると去年の10月に愛猫サミラをスーダンからコンゴ民へ連れてきた投稿が最後になって、それ以来ずっと更新していないことに気づきました・・・。
その投稿からすると、その次の投稿がブニアでの任期終了となって、え?!って感じですが、2021年5月31日を持って、UNHCRコンゴ民ブニアフィールド事務所での任務を終えて、6月1日より、隣国のウガンダのUNHCR事務所で働くことになりました。
元々ブニアのポストは、ブニアがあるイツリ州における国内避難民を迅速に支援するために緊急派遣の枠として作られたポストで、当初の契約は1年、そして予算とニーズがあれば2年目まで延長が可能というポストでした。2年目の延長も実は事務所から打診されてOKしたのですが、あまりにもその延長手続きが時間かかり、その間に延長の話が出る前から応募していた他のポスト(今回合格したウガンダのを含む)の選考審査がどんどん進んで、3月末にウガンダのポストの合格発表の通知が来てビックリしたのです(笑)。別の合格したからにはブニアの延長の話は自動的にキャンセルになるので、契約が終わる5月末をもってブニア事務所での任務を終えるということになりました。
この投稿ではブニアでの生活当初は記事を投稿していたのに、その後の生活や仕事に関してはほとんどアップしてなかったので、1年間のブニアでの勤務を通して気づいたことや感じたことをここでまとめたいと思います。
【生活面】
ブニアでは、UNHCRとか国連の寮ではなくて普通に借家に住めたので、事務所から徒歩10分ほどの街の中心地からわりと近い家に住んでた。寝室三つあって各部屋にトイレ・シャワー付きでそこそこ広かったけど、ブニアの街全体で頻繁に停電があることから、停電中によく冷蔵庫の中の食べ物が悪くなって、それを大丈夫だろうと甘くみて食べたらお腹痛くなって1週間以上体調壊したことがあった。電気ない=シャワーの水が温かくならないので、よく水シャワーを浴びることもあった。でも、他同僚2人が同じ建物に住んでて、時々仕事終わった後に家のバルコニーで一緒にお酒飲んだりする事もあって、わりと快適だった。
ブニアは人道支援関係者(国連、NGOなど)から国連平和維持軍(PKO)の人たちがたくさんいる任地だったので、そこそこ外国人も多く、中でも特にネパール軍のPKOの人たちとは仲良くなって、よく彼らのベースにお呼ばれされては、ネパール料理やお酒を振る舞ってもらった。同じアジア人ってこともあって親近感あるし、うちのお手伝いさんが作るコンゴ料理に飽きた時とかは特にネパール料理が美味しく感じた(笑)。本当に頻繁にパーティーとか食事会に呼んでくれて、他の国からの人とも会って交流する機会を提供してくれて、おそらく彼らがブニアにいなかったら、私のブニア生活は到底つまらないまま終わっていたと思う。
ただ、どこの社交場に行っても大体会うメンバーは同じなので、ちょっと飽きるという部分はあるかも。
あとはうちの近くに平和維持軍のためのバーがあって、国連関係者なら誰でも入れて、そこでは定期的にカラオケ・ナイトがあったり、ビリヤードで遊べるところがあったり、アジア風の料理が食べられたりしたので、それは本当に助かった。やっぱりアジア系の食事、食べたくなる。。。
結果、ブニアは思ったよりも生活面では悪くなかったかなと思う。ただ、これが2年間ずっと滞在しないといけないとなると、ちょっとそれは覚悟が必要かなー、、とは思う。そういう意味では、2年目の延長が最終確定する前に、ウガンダのポストに引っこ抜かれてそれはそれでよかったのかなと思う。
【仕事面】
ブニアはコンゴ民東部のイツリ州にあって、同州には2020年後半時点で約170万人の国内避難民がいると言われていた。UNHCRブニアフィールド事務所はこれら国内避難民の保護及び支援をすることが仕事で、その中でも私の業務は准プログラムオフィサーという仕事で、主に支援のために必要な予算の割振、計画、そして実施状況のモニタリングをリードすることだった。小さな事務所でスタッフは合計約13〜14人、うち国際スタッフは約6人〜7人で、コードジボワール、アルジェリア、フランス、カメルーン、チャド、ドイツ/スイス、そして日本(私)だった。
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イツリ州を含むコンゴ民東部というのは、長年紛争が続き、現在でも民族間の争いや土地・資源を争った暴力(殺人、レイプ、誘拐など)が頻繁に起きている。なので、出張でフィールドに行くときは常に現地のセキュリティ状況を確認した上で出張に行く。でも出張中に、近くで武装勢力がコンゴ民軍の基地を襲い銃撃戦が起こって、近くの町で治るまでは退避し、結局状況が改善しなかったので、ブニアに引き返して出張をキャンセルせざるを得ないこともあった。
そしてインフラ整備が整っておらず、道はブニア町中でも中心地を走る目抜き通りのみが舗装されていて、その他の道は舗装されていない。なのでもちろんブニア郊外の道は全て舗装されておらず、フィールドに出張に行く時は数時間悪路を走ることになる。特に雨が降った後は泥だらけとなり、タンクローリーや物資を運ぶトラックが道でスリップ、横転し、道を塞いでしまい、その前後に車やトラックが長蛇の行列をなし、私も一度悪路に5時間立ち往生となったことがある(結局その日には目的地はもはや、中間地点にも到達できないことがわかったので、ブニアに引き返すことになった)。
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| 悪路のために横転したガソリン輸送のタンクローリー。 転倒した時にタンクが破損してガソリンが漏れて、周辺住人が漏れたガソリンを汲みにきていた。 私たちが通過した1時間後くらいに爆発したそうで、翌日再び通ったらこんな感じで黒ゴケになってた。。。 |
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| 8人乗りのプロペラ機 |
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| ブニアから40分程度のところ(約200キロ)にあるMahagiという地域の空港の滑走路。 パイロット曰く、数ヶ月前は草が茫々だったそうで、今はこれでもだいぶ良くなったそう・・。 |
このような状況の中、フィールドで仕事するのは簡単ではなかったけど、スーダンの首都ハルツームで2年間働いた時は9割以上がデスクワークで、もっと現場に近いところで仕事がしたいこともあってブニアのポストに応募したわけで、今回このポストではかなりフィールドに行く機会があったのはこの仕事での醍醐味の一つだった。プログラムの仕事だけでなく、現金支給支援のフォーカルポイントなども任されたり、小さい事務所だったために他の部署の人ともかなり密で仕事を共にできたことも自分にとってはいい勉強になった。
| 現金支給の様子 |
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| 支援している国内避難民 (IDP)居住地の一つ |
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| 写真から分かる通り、IDPの住んでいる環境はとても厳しい。UNHCRの予算も限られているために、必要とされる支援を全て届けられるわけでもない。 |
今回受かったウガンダのポストは、自分がここ3年間UNHCRでやってきたプログラムマネージメントではなくてフィールドというポストになる。プログラムと被る部分もあるけど、フィールドはより現場に出て、支援がきちんと届いているか確認したり、受益者のニーズを把握してそれを支援に反映させることが職務となり、これまでやってきたプログラム業務に含まれる予算管理などからは少し離れる。元々JPOに応募した時から私がやりたかったのは実はプログラムではなくてフィールドや難民保護の仕事だったので、今回フィールドのポストが得られたのは本当にラッキーだった。合格したポストの事務所は、コンゴ民東部からウガンダへ逃れた難民・庇護申請者への支援をしているところなので、おそらく私のコンゴ民での経験が優位に働いだのではないかと思う。このブログのタイトルにもある通り、これが点と点を繋ぐということなのかな。
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| コンゴ民の自然は本当に豊か |
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| ブニア〜アルは飛行機だったので、実際は17時間53分もかかってないけど、ルートは上記の通り。ちなみに地図上ではブニアからKyaka(ウガンダの任地)へアルバート湖南部から陸路で移動した方が早いように見えるが、そのあたりは武装勢力が活発に活動するする地域なので、陸路移動は難しい。 |
【まとめ】
こんな感じで、あっという間に過ぎたブニアでの1年間の任務でしたが、本当に色々と勉強となったし、なかなか他では(色んな意味でも)経験できないような経験をさせてもらいました。ブニアでやっていけたらほぼどこでもやっていけるような気がします(笑)。任期中はさっさとブニアを去りたい!と思う時期もたまーにありましたが、今振り返るとブニアでの経験は本当に貴重です。最初は相当ビビってたけど、このポストにつき、任務を全うした甲斐がありました。
次のウガンダのポストに関しては、また今後の投稿でもっと詳しく書いていきたいと思います!
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| Lac Kivu Lodgeホテルのレストランからの眺め。 見えるのはキブ湖。ゴマのすぐ東はルワンダ。 |
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| ホテルの隣にあるお洒落なレストラン・カフェ・バー、Chalet |
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| ホテルのレストランで食べた、 エビのリゾットと白ワイン、美味しかった! |
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| 意外なことにコンゴ民産チョコレートも美味しい! |
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| ここのホテルはインテリアも素敵 |
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| サミラもここのホテルにご満足の様子 |
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| 余談だけど、コンゴ民(少なくともブニアやゴマ)では日本の中古車が多く走っており、 町中で結構日本語が書かれた車をみる。 ゴマで見たのは、「高野ふとん店」の車。 住所と電話番号までが残っているので、ここの店電話したらまだ繋がるのかな?笑。 「お宅の車、コンゴ民でまだ使われていますよ」 って言ったらどれだけびっくりするんだろう、笑。 |
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| このケージに入ってお利口さんにしてました。えらい。 |
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| 同僚の家にいた時はずっと屋内にいたので、 ちょっとふくよかになったサミラ |
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| 蚊帳に絡まって出れなくなっている・・笑 |
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| 無事に到着してよかったね〜。よくできました⭐️ |
私の新しい任地、コンゴ民東部にある町ブニアでの生活も、あと数日で1ヶ月が経ちます。
最初は頻繁な停電や家のベッドの大量のダニ問題などもあって若干苦労しましたが、先週末には新しい家に引越し、やっと落ち着いた生活ができそうな気がしてきました。停電はブニア全体のことなので、引っ越しても停電の頻度は変わりませんが、最近じゃむしろ家で数時間連続で電気があれば珍しいと思ってくるようになりました(苦笑)。
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| 新居の建物の屋上に行くと、ブニア郊外まで見渡せる |
ただ、仕事はすごく忙しく、ただでさえ忙しい時期なのに、いきなり首都のカントリーオフィスやDRC東部を管轄するサブオフィスから全く予告なしに、「至急!●●に関する報告書、明日までに提出求む!」、「今日の17時までにXXを至急提出するように!」(そしてそのメールが送信された時間見ると、同日14時(怒!)みたいなメールが立て続けにきたりして、その度に上司と相談して、大急ぎでうちの事務所のインプットを書き上げ、依頼主の同僚に提出するといったことがここ2週間で何度もありました。。。
そんなバタバタな中、ここ1週間でブニア近郊にある国内避難民(IDP)の居住地区三箇所に急遽視察に行くことができました。ブニアがあるイツリ州は、以前から民族間の争いによる暴力が続き、また反政府武装勢力とコンゴ民政府軍の間での暴力などもあり、国内避難民(IDP)が県内だけで170万人程います。暴力が続くイツリ州北部から主に逃れてきた避難民たちは、ブニア周辺やその他の村の土地に自ら藁や土を使って畳4畳ほどもない小さな丸い小屋を作り、そこで1家族平均5人が暮らしています(少ないところは2人、多いところは8人ほど)。
私が今回訪問した3箇所では、一つ目は約4000人が、二つ目は約13000人、そして三つ目は約3000人が住んでいるとのことでした。特に二つ目のところはブニア中心地からもそこまで離れておらず、家と家の間がかなり密集していて、子どもたちは泥だらけの中靴も履かず走り回り、生活環境は最悪でした。ここにいる人たちは既に2年間ほどそこで住んでいると同僚が言っていました。三つ目のところは、2019年秋ごろに移動してきた避難民が住んでおり、まだ藁と土壁の家を作る前の段階で、UNHCRのロゴが入った、よく難民キャンプで見るビニールシートでできた簡易的な緊急シェルターの家が区画通りに並んでいました。
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| 1箇所目の居住地区。中央の建物は、避難民コミュニティの管理所。 2箇所目と3箇所目のところはあまりにも環境が酷かったのと、 夕暮れ時で薄暗くなっていたので写真は撮れませんでした。 |
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| COVID-19の予防対策の一環で、コミュニティに簡易手洗い用バケツと石鹸を配布 |
同僚たちは、みんな難民キャンプの方がよっぽど居住環境がいいと口を揃えていうくらい、ブニア周辺のIDPの居住地というのは酷いものでした。
スーダンのハルツーム事務所で勤務していた時は、過去のブログにも書いた通り現場に行く機会が少なく、難民や国内避難民の人たちがどういった環境で生活をしているかがなかなか想像しにくかったのですが、「百聞は一見に如かず」という通り、やはり自分の目で現場の様子を見るのはとても大事だと思いました。
自分の職務の性質上、プロジェクトの予算管理や進捗状況の報告など、事務作業だけで追われていっぱいいっぱいになってしまいがちなのですが、現場の視点も持ちながら職務に取り組まないといけませんね。
ちょっと暗い話になってしまったので、最後はちょっとだけ明るい(?)話を。
新居に引越して1週間しか経ってないのですが、どうやら近所にいる野良猫がうちが気になったのか、気づかないうちに2度もドアから家の中に入ってきてました(笑)。わりと人を恐れていない子だったので、撫で撫でして持ち上げてみたら、どうやら授乳中のお母さんなのか、おっぱいが大きくなっていました(体はわりと小さいし細いのでまだ若い猫?)。食べ物が欲しくてうちに入ってきたのかと思われます。
どこにいっても猫には寄ってこられるようで、癒されます❤️。職場以外ではまだ誰とも友達になれてないので、この子とまずは仲良くなろうかな(笑)。ハルツームで同僚の家で今もお留守番している我が子サミラも早く連れてきたいところです🐈。
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| コンゴ民はアフリカのほぼど真ん中にあって、 アフリカ大陸の中ではアルジェリアに続いて第二番目に国土が広い。 |
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| ブニアはウガンダとの国境から40kmくらいのところにある |
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| ブニア事務所はこちら→ |
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| 事務所入り口 |
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| ブニアの町並み 普段はかなりたくさんバイクが走ってる (タクシーとして) |
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| コンゴ民のビール あまり苦味がなくて飲みやすい! ビールの瓶を返しに店に戻ったら、 店にいた警察に、 「俺にもビール買ってくれ、買うお金がないんだ」 と言われたので、 「あなたの仕事は市民を守ることでしょう。 お酒で酔っ払っていたらその仕事は務まらないでしょう」 と言い返した。 |
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| 住んでる家がある集合住宅。 一見良さそうに見えるけど、結構不便なこと多し。 |