2018/09/15

アラビア語学習、再び/ Re-learning Arabic

スーダンに赴任することが決まって、よし、それだったらもう一度頑張って勉強しよう!と前から思っていたことがあります。

・・・・・・・それは、アラビア語

青年海外協力隊でモロッコの村落部で2年3ヶ月活動した時は、現地ではダリジャ(アラビア語モロッコ方言)とベルベル語が使われていたので、ダリジャで日常生活や自分の活動で必要なコミュケーションはできるくらいにはなりました。その後、UNV(国連ボランティア)としてUNDP(国連開発計画)モロッコ事務所に赴任したときは、事務所での仕事はほぼ全部フランス語・・・。このブログでも過去に何度か投稿している通り、国連でのフランス語での業務にはかなり苦労し、仕事しながら語学レッスンに2年間ずっと通い、2018年2月にやっとこさDALF C1レベルの試験に合格。UNV任期中は仏語上達に専念していたこともあり、その分やろうと思っていたアラビア語の学習が全くできませんでした。

そして、今回JPOの赴任先としてスーダンと決まったので、これはアラビア語を絶対に上達させるしかない!と思っていたのでした。

ちなみに、アラビア語を既に学んだことある、またはアラビア語圏で生活したことがある人は既に知っていると思いますが、実はアラビア語と言っても、国によって話されるアラビア語はかなり違っていて、たとえば中東(エジプト、ヨルダン、レバノンなど)と北アフリカ(モロッコ、アルジェリア、チュニジアなど)で話されるアラビア語は大分違います。後者は特にフランス語やスペイン語、ベルベル語の影響を強く受けているために、単語が前者地域のアラビア語と全然違ったりします。

なので、私が2年間学んだダリジャ(アラビア語モロッコ方言)も、スーダンではほとんど通じないのです・・・(泣)。(ちなみに、以前スーダン人とモロッコ人の知り合い同士でSkype越しで話してもらったが、お互い何を言っているのかよくわからなかったそう、笑。)

ということで、モロッコ以外のアラビア語圏でも通じるアラビア語(現代標準アラビア語)を2ヶ月ほど前から勉強しています。

先生はフランス語も英語も話せるスーダン人の若い女性で、実はフランス語の先生でもあるので、私のアラビア語授業はフランス語で教えてもらっています(私のフランス語のレベルをできるだけ維持するため)。

アラビア語の文字は隊員時代に独学で学んだこともあって、割とすぐに思い出せました。とは言っても、まだミミズみたいな文字で、恥ずかしいレベルですが・・・。
隊員時代(2014年)に使った、子ども用のアルファベット教材。
ホワイトボード用のペンで書いて、そのあと消して再度使えるので便利。
先週の授業で練習したノートの一部。
ミミズがたくさんいるし、ミスして消したところ多し(笑)。

発音も、モロッコに4年間住んでいたこともあって、耳と口は割とアラビア語の発音に慣れているつもり・・・。

幸い、動詞の活用とかは、部分的にダリジャと標準アラビア語で被るところがあるので、ダリジャの知識は無駄になっていない気がします。数字もほぼ一緒なので、買い物とかタクシーとかでの交渉にはかなりダリジャの知識が役立ってます。これは隊員時代から感じてますが、やはりアラビア語がちょっとでもできると、現地の人との距離が一気に縮まります。

・・・なんだけど、何しろダリジャと標準アラビア語の間で単語単語が結構違ったりするので、ダリジャでは問題なくスラスラ言えた表現とかも、標準アラビア語になると全く出てこない(というか、なんというのかわからない)・・・。よく、「く〜〜、ダリジャだったらこう言えばすぐに通じるのに・・・!!」と、もどかしい思いをする時も何度もあります・・・。

UNHCRでもスタッフの語学習得をサポートには積極的で、PCや携帯のアプリを使って学習できるソフトウェアのライセンスを格安で提供してくれます。ライセンスには数があるから、学びたい言語や現在の勤務地におけるその言語の必要性などを鑑みて、限られた希望者にライセンスを提供してくれます。私もこの制度を利用してアラビア語学習ライセンス取得に応募したら、なんと運よく選ばれました(現在の勤務地ではアラビア語が話せることが「望ましい」とされているからなのかも)。なので、このソフトウェアのアプリ版を携帯にダウンロードして勉強してます。

まだまだ流暢に標準アラビア語で話せるようになるまでには道のりが長いですが、2年間のJPO任期が終わるまでには、標準アラビア語で日常会話ができるようになりたいものです。

2018/08/31

スーダンのピラミッドへ!/ To the pyramids of Sudan!

スーダンに赴任してから、既にこれまでに2度国外に旅に出ているんですが、実は最近までスーダン国内旅行に行ったことがありませんでした。現時点では仕事でも国内出張はまだ入らずに、首都ハルツームから出たことがなかったので、全くハルツームの外の様子がわからなかったのです。。。

でも、偶然にも同期日本人JPOから、スーダン北部のピラミッド見に行きましょうというお誘いが入り、やっと8月上旬に国内旅行に行くことができました!

・・・とは言っても、スーダンでは外国人の長期駐在者が国内旅行に行くには、政府から発行される移動許可証みたいなのが必要でして、おまけになぜかUNHCRの場合はこの許可証をもらうのに最低2週間ほど必要とされている(同期JPO所属機関では、数日で発行されるというのに・・・)。許可証が降りなかったら悲しいけど今回は行けない・・・と思って、出発前日まで諦め気味だったんですが、うちの事務所の許可証やビザ関連の手続き担当スタッフが頑張ってくれたおかげで、無事に許可証が降りました!

ということで、いざ無事にピラミッドへ出発!今回の目的地は、カリマと呼ばれるところ。首都からは車で5時間以上(約400km)離れたところにあり、ここには世界遺産のジュベル・バルカルとナパタ地方の遺跡群として、神殿やピラミッド群があるのです。

今回は首都ハルツームに事務所を持つ、イタリアンツーリズムというスーダンでは数少ない外国人観光客向けの旅行会社で、合計4人で四駆を2台貸し切り、ガイドさんに同行をお願いしました。仕事の有給をあまり取りにくい時期だったこともあって、1日だけ有給をとって1泊2日の旅です。

首都ハルツームを朝7時頃に出発して、途中ハルツームの郊外で朝食を食べたら、あとはずーっと北部に向かって道を進んだんですが、景色が、私が協力隊時代に住んでいたモロッコ南東部の田舎にとっても似ている・・・。乾燥した砂漠地帯の中に、土壁でできた平家があって、ラクダや羊などの家畜が暑そうにしている・・・。


途中、こんな様子まで(笑)

道中の休憩所にて。モスクが立派。

車でクーラー効いているはずなのに、横から入ってくる太陽のせいもあってか、汗が額から流れ落ちるくらいに暑い・・・・。そして、午後15時くらいに目的地カリマの郊外にあるホテルに到着。
ヌビアの建築様式を用いたゲストハウス(ホテル)


ガイドさんが、まだ陽の位置が高くて暑いから1時間ほど休憩して、16時半に近くのピラミッドなど遺跡を見に行くということなので、それまでホテルの部屋でちょっと休憩。
ホテルの部屋

そしていよいよ観光!まず一つ目に行ったのはこちらのピラミッドとその脇にある王様の墓所。
こんなしょぼい看板しかない・・・。
墓所に入った後に管理人(?)らしき地元のおじさんにチップを1ドルほど渡すのみで、
あとは柵とかも全くない。
入り口も特になく、ただ広い荒野にあるピラミッド。

そしてピラミッドの脇にある王様の墳所(地下)に入ると、天井には天空を表す壁画が。

壁画では、ここに埋葬されていた王様の生涯を描いたストーリだった(棺は現在はもうない)

エジプトでも見られるヒエログリフがこちらにもあった

ちなみに、この遺跡群があるすぐ横に村は、私が協力隊時代に活動していたベルベル人の村に景色がそっくり!
この土壁の廃墟なんて、グルミマ(元活動してた町)のクサル(要塞化された村)にそっくり。

これらの写真をグルミマ出身の人たちに共有したら、
「本当だグルミマにそっくりだ、スーダンもモロッコと似たところがあるんだね」と言っていた。

すごく懐かしい気分になった・・・。

二つ目に行ったのは、ジュベル・バルカルにあるアモン神殿。
後ろの山が、バルカル山(ジュベルはアラビア語で山という意味)。
遠くから見ると、見る角度によって、蛇に見えたりするらしい。
写真右下にあるのが、アモン神殿。


神殿の柱
山の麓にある神殿の横から、山の中に入れて、
中には壁画が掘られている。かなり保存状態が良い。
遠くのピラミッド群の影に沈む太陽

一日の観光が終わって、ホテルに戻って夕食食べて、ちょっとゆっくりしたあとは、カリマの町を散策してみようってことで、ホテルの裏にあるカリマの町に行ってみました。ただ、民家はあるものの、ちょっと郊外にあるせいか道は真っ暗(携帯のライトつけないとよく見えない)、人は全くいない(家の中にはいる雰囲気だけど)、10分ほど歩いてやっとお店やモスクがあるところに着いたけど、スーダンによくある道端のお茶屋さんでさえもなく(町の中心地はさらに歩いたところにあるらしい)、結局引き返してホテルに帰ってきました(笑)。

そして翌日は、世界遺産の遺跡群に含まれるバルカル山のすぐ近くにあるピラミッド群と、ヌリというピラミッド群を観光。
バルカルのピラミッド群。ちなみに大きさはエジプトのよりもかなり小さめです。

ヌリのピラミッド群

ヌリのピラミッド群。過去にはもっとたくさんのピラミッドがあったけど、
石が盗まれて、今はかなりの数が元の形を留めていない。

カリマではナイル川の恵みを利用して、マンゴーやバナナ、グアバなどの農業が盛んだそうで、途中いろんな木が育ってました。ピラミッド群の近くでは、ダンボール箱いっぱいに入ったマンゴーを一箱150ポンド(約500円くらい)で直売してて、その時は買わなかったんだけど、後から買えばよかったと後悔・・・。モロッコの手工芸品販売だと、仲介者が仲介料を多めに上乗せして高値を付けて消費者に売り、生産者の元にはほとんど利益にならないほどのお金しか入らないというアンフェアトレードの仕組みがあるのが現状で、スーダンの農業の場合はどうだかわからないけど、直接生産者から少し高値でもマンゴー買えたほうが、仲介者を通すよりもよかったなって思いました。案の定、ハルツームに帰る途中、生産地から少し離れた道の休憩所で買ったマンゴーは、生産地の値段の倍近くしました。

ということで、初めてのスーダン国内旅行は短かったけど、とても満喫することができました。やっぱり首都の自宅と事務所の間を行ったり来たりしているだけでは、全くフィールドのことが理解できないので、早く地方にも仕事で出張に行きたいところです。

2018/08/11

カイロ(エジプト)へ行ってきました!/ My trip to Cairo (Egypt)

少し前の話になりますが、7月中旬に1週間ほどエジプトの首都カイロへ行ってきました。
渡航も目的は、American University in Cairoの難民・移住研究センターが主催する夏期短期コースの一環の、ジェンダーと移住に関するコースに参加するため。コースそのものは5日間だけど、その前後の週末を利用して、合計で10日間ほど滞在しました。
American University in Cairoのタハリール・キャンパス内。
すぐ外には、ジャスミン革命の時に多くの民衆が集まった
タハリール広場がある。

余談ですが、JPOには毎年「研修・学習費用」として一定の金額を上限として費用を補填してもらえる制度があって(金額はJPO費用を負担する政府によって若干違う)、私はこの費用を利用しての参加でした。

カイロは、ピースボートで仕事をしていた時に、地球一周の船旅の航路にほぼ毎回含まれる寄港地だったので、実は過去に5回行ったことがありました(ピラミッドも5回既に見ている)。だけど、船で行った時は毎回ポートサイドというカイロから3時間くらいのところにある港に船を停泊し、そこからカイロへ車で移動だったので、今回研修でカイロに行ったのは6回目にして初めて空路での訪問となりました(笑)。

実はモロッコのUNDPで働いていた頃に、私と同時期にモロッコ首都ラバトの国連機関で働いてたイタリア人がいて、彼が現在はカイロで勤務していることもあり、この友人のお家に居候させてもらいました。この友人(Lさん)は、既にカイロに合計6年滞在しているので、彼に色々とカイロ市内を案内してもらいました。

最初、カイロに行く前にLさんには、「カイロは5回行ったことがあるから、今回はカイロじゃなくてアレキサンドリア(カイロから電車で3時間ほど離れたところにある地中海沿いの港町)に行ってみようかと思うんだけど。カイロではピラミッドも何度も見たし、ハン・ハリーリ(カイロの旧市街にある有名なスーク(市場)も2度行ったことがあるし。」と話して、すっかりカイロは既に色々と見た気分になってました。でも彼は「でもカイロはそれ以外にもいっぱい見所があるよ」と言っていたので、じゃあせっかくだからピラミッドとハン・ハリーリ以外のところでまだ見てないところを案内してもらうことにしました。
過去の滞在で行ったことがあった、ハン・ハリーリ市場の中にある門。
ここはもう9年ほど前に来た時にも見て印象的だったのでよく覚えている。
ハン・ハリーリ内にある門(上の写真の場所を別の場所から撮ったもの)













ハン・ハリーリ内にあるカフェが並ぶ小道。カフェに座る客に向けて、
いろんな商売人がものを売ろうと通りかかる。

こういうランプ、よくモロッコにも売ってた。エジプトにも似たようなのがあった。


夜になるととっても幻想的な雰囲気を醸し出してくれる。私も結局一つ買っちゃった!

・・・で、結果から言うと、私は5回行ったことがあると言っても、これまでに全然カイロの見所を見ていなかったことがよくわかりました・・・。Lさんは6年も過去に住んでいたので、ガイドブックなしにほとんどの場所の行き方を知っていて、真夏のカイロ炎天下40度近い中、汗だくになりながら、いろんなところを案内してくれました。
イブン・トゥールーン・モスク
カイロで現存するモスクでは一番古いモスクらしい。
左手の塔には登ることができて、一番上からの景色は素晴らしい!





モスクの中。カイロにはものすごい数のモスクがあって、
イスラム教徒でなくても中に入れるモスクが多いのが驚いた
(モロッコでは、カサブランカのハッサン2世モスクくらいしか入れない)
案内中のLさん。超暑い中色々とありがとう。

こちらは内装の壁が青いことから
通称ブルー・モスクと呼ばれるアクスンクール・モスク


Amir al-Maridaniモスク。扇風機の下で中で人が何人か昼寝してた(笑)。


教会の中なんだけど、装飾はかなりイスラム様式を
用いているのがすごく興味深かった。


カイロ滞在中に2度行った、近くの小さいレストラン。
細切れの麺が混ざった麺と、モロヘイヤのスープが絶妙に美味しかった!

カイロ歴史地区にある世界遺産、シタデル

中にあるモハメド・アリ・モスクが立派 

モハメド・アリ・モスクの外観 

スルタン・ハッサン・モスク と神学校の中

スルタン・ハッサン・モスクと神学校の中

Al-Rifaiモスクの中でお祈りする人たち


Al-Rifaiモスクの中。内部の装飾が厳かな雰囲気を出している。

Al-Rifaiモスク内部

アムル・イブン・アル=アース・モスクの中。夕暮れ時に行ったらとても神秘的な雰囲気だった。


場所の名前を忘れてしまったけど、植民地時代の西洋的な建物。
もう廃墟となり特に観光地化されてもいなかった。この近くには、ユダヤ教のシナゴーグもあった。

ちなみに、私が居候させてもらっていたLさんのアパートがあるのはZamalekという、カイロの中では裕福層の人たちが住む地域で、そこには植民地時代の様式の建物がまだたくさん残ってました。それと同時に、西洋的なホテルやバー・レストランもたくさんあって、滞在の最後の方にはコースを一緒に受けた人たちと何人かでオシャレ目なバーに行ってきました。ここからはナイル川と対岸の景色を見ながら、美味しい食事とお酒が飲めるので最高!


あとは、カイロではエジプトで唯一のスーフィーダンスの舞踊団のパフォーマンスが観れるということなので、観てきました!もともとこのダンスは真っ白な衣装を纏ってその場で回転するトルコのダンスが有名ですが、エジプトではカラフルな衣装を纏って踊ってました。ちなみに、このブログの投稿の一つ前に書いた世界難民の日のイベントで、シリア人難民が踊っていたのものこのスーフィーダンスで、彼らもエジプトと同じようなカラフルな衣装でした。


実はこのスカートのようなものは二重になっている
 こんな感じで、かなり迫力満載です!場所は、ハン・ハリーリのすぐ近くのタンヌールという屋外劇場です。以前は無料だったそうですが、私たちが行った時は確か1人75ポンドくらいだったと思います。私たちは開演の30分以上前に行って、席を確保しました(自由席のため)。始まる頃には満席になってました。

昼のスークもいいけど私は夜のスークも大好き。中東独特の異国情緒を醸し出すというかなんというか、この雰囲気と色合いが大好きなんです。以下は22時〜23時頃にハン・ハリーリの後ろに広がるイスラミックカイロのスークの様子ですが、ライトアップされたモスクやスークの間に人がたっくさんいて、夜は特に若者で賑わっていました。

















最後になりますが、コースもとっても面白くって、わざわざカイロまできた甲斐がありました。受講者は、エジプト、スーダン、イラク、リビア、シリア、アイルランド、スペイン、フランスなどからの出身で、中にはカイロ在住の難民の人もいました。理論や実践(グループワーク)などを交えて4日間ジェンダーと移住に関して理解を深めて、最後には受講者一人一人がコースで学んだことに関連のあることを用いて、自ら選んだテーマに関して15分間プレゼンをすることが求められました。私は移民や難民にまつわるコミュニケーション題材(写真・文章など)が、どのように無意識にジェンダーにおけるステレオタイプを強調するように発信しているか、そしてそれをできるだけ防ぐにはどうしればいいのかということを簡単にプレゼンさせてもらいました。

それにしても、スーダンのお隣の国なのに、カイロはハルツームに比べて全然発展しているし、美味しい食事もお酒も飲めるし、なんていいところなんだ!と思ってしまいました(日本から来るとそうは思わないかもしれませんが。。。排気ガスや騒音とかセクハラ問題とはあるし。。)ハルツームからは飛行機で3時間ほどでいけちゃうので、ハルツームから抜け出してちょっと素敵な食事とかお酒、買い物を楽しむにはもってこいの場所だなーって思ってしまいました!ということで、カイロにはまたお世話になろうと思います!