2018/05/26

スーダン生活1ヶ月 / 1st month of my stay in Sudan

スーダンに来てからあっという間に1ヶ月以上が経ちました。
こちらは毎日最高45度(湿度は低い)で、毎日汗だくになりながら暮らしてます(笑)。

10日ほど前にラマダン(断食の月)が始まりました。ラマダンをイスラム教の国で迎えるのは今回が6回目。初めてラマダンをモロッコの砂漠地方の田舎で過ごした時には、私も完全に断食したんだけど、慣れない環境でやったこともあり、25日目には高熱を出して寝込んだことがあります(笑)。この過酷なスーダンの環境で断食をやるのは危険だと思い、今年はランチを抜く程度のプチ断食しかやっていません。

ちなみに、同じイスラム圏でも、日没後に食べる食事は国によって異なるんですね。モロッコではハリーラというトマトスープや茹で卵、シュバキア(お菓子)、フルーツジュース、ナツメヤシなどを食べますが、スーダンでは全く違う食事を食べ、共通するのはナツメヤシくらいしかありません。

協力隊員だった頃はモロッコの田舎でコミュニティの中に溶け込んで活動していたこともあって、毎日同僚やコミュニティの人に呼ばれて日没後の食事を地元の家庭で過ごしていて、それが結構楽しかったし、断食するやりがいみたいにもなっていたんだけど、やっぱり首都にある国連j事務所で働いていると、モロッコの首都にいたときもそうだったけど、家に招待されることはないので、ちょっと寂しいし、地元の人の生活を垣間見れないのが残念・・・。

仕事の方は少しずつ慣れて来てますが、まだ知らないこともたくさんあります。幸い、同僚たちが優しいので、わからないことがあって聞きに行くと説明してくれます。
うちの事務所。平屋の木造の建物で、
もう40年くらいここ使ってるらしい。

この前上司から私の属するプログラム部署のスタッフの更新された業務が発表されたんだけど、私がこれから担当する業務としては、南スーダンからの難民の支援をするプロジェクトと、スーダンにいる無国籍者の支援をするプロジェクトのパートナーシップ形成、プロジェクトのモニタリング・評価などがメインとなりそうです。

ちなみに、スーダンのUNHCRは事務所が12箇所あって、全体で400人ほどのスタッフのを抱えてます。首都ハルツーム事務所だけでも100人くらい(?)のスタッフがいます。そしておそらくその1/4くらいが非スーダン人(つまりインターナショナル)スタッフなんだけど、数えたら多分少なくとも25ヵ国くらいのいろんな国籍の人がいます。ちなみに、日本人は現時点では、UNHCRハルツーム事務所およびスーダンのオペレーション全体をまとめる代表(女性)と私のみ。

住むところも無事に決まって、今は自分1人で住むには勿体無いくらいに大きめのアパートに住んでます。数ヶ月前までの勤務地だったモロッコから送った小物を早速家の至るところに散りばめてます。この暑さで事務所から遠くに住むのは嫌だったので、事務所から徒歩10分以内にあるアパートに住んでます。
通勤路①。ちょっと砂埃飛んでたから暗い。
ちなみにうちは中央にある高い建物。
通勤路②。特別なものは、、、特に何もない。。。

うちのリビング。外から見たらなんかヤバそうだけど、
中はなかなかでしょう?

うちの目の前は糖尿病の病院らしい。よく患者さん?が待ってるんだけど、
待合室らしきものは、なんと屋外。。。
写真中央の白っぽいプレハブの屋根の下の日陰に椅子が並んでて、
平日は数人がそこに座って待ってる。

掃除してもすぐに砂埃が溜まる。。。

数日前に初めてハブーブ(砂嵐)に遭遇しました。夜だったからよく見えなかったけど、強風が吹いて砂埃が空中に舞い上がっって、あたりが茶色っぽくなってました。コンタクトレンズの私には辛いんですが、幸い、暑くって砂埃っぽい気候に住むのは今回が2度目なので、まあなんとかボチボチやってます。以前いたモロッコ首都ラバトでは、海に近かったから家がカビにやられて嫌だったけど、スーダンは乾燥してるから洗濯物もすぐに乾くのは助かる!

ってか感じで元気にやってま〜す。特に何にも特別なことはないんですが、こんな感じで定期的に更新できればと思ってます!

2018/04/27

UNHCRスーダン🇸🇩に赴任しました!/ My assignment to UNHCR Sudan

今年の始めにブログを更新して以来、しばらくブログを更新していなかったArataです。。。

一つ前の投稿にも書いた通り、外務省実施のJPO制度に合格し、4月からUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)スーダン事務所に赴任することになったために、2018年2月末日でUNDPモロッコ事務所での勤務を終えて、3月上旬に日本へ一時帰国しました。(モロッコで1年8カ月過ごしたUNDP事務所での具体的な内容は、JOCV枠UNV制度の経験レポートに掲載いただいてあるので、是非そちらをご覧ください。)

ちなみに、UNDPモロッコでの任期中に目標として掲げていて、このブログの前回投稿にも書いていたフランス語能力試験DALF C1にも、2月に無事に合格することができました!

日本ではちょうど1カ月近く滞在することができて、その間にはお花見を楽しんだり、日本食を堪能したり、家族旅行に行ったり、友達や元同僚たちと会ったすることができて、とっても充実した時間を過ごすことができました。
うちの庭先にあるカイドウ

亡き祖父が子どもの頃を過ごした静岡県沼津市江梨付近から
見た駿河湾に浮かぶ富士山


・・・そして4月9日にいよいよJPOとしてUNHCRに赴任しました!
国連職員に発給されるLaissez-Passerという通行許可証。

スーダンに赴任する前に、まずはUNHCRの本部があるジュネーブにブリーフィングを受けに立ち寄ります。
ジュネーブにあるUNHCR本部の建物

実はジュネーブには一度も行ったことがなく、赴任に伴う大荷物(大型スーツケース1個、大型バックパック1個、計約50kg)を持って、不安ながらにも無事にジュネーブ着きました。
小学生の社会科の教科書に載っていた(?)気がするこの場所。
まさかあの頃は自分が国連で務めるだなんて、思っていなかったなあ。。

2日間に渡るブリーフィングでは、自分の業務に関わる色んな部署の人から話を聞いて、盛りだくさんでした。ジュネーブ勤務の友達にも会えたし、スーダン行く前に酒と豚(←一応スーダンでは禁止されている)を堪能できました。


そして若干緊張しながら、イスタンブール経由でスーダン首都のハルツームに無事到着し、既に2週間が経ちました。

幸い、2年先に同国に赴任している先輩JPOのおかげで、仮の住居を提供してもらったり、色んな人にあう機会をもらったりして、楽しく過ごせてます。

ただ、やはり暑い!!現在毎日40度くらいまで気温が上がるので、なかなか体がついていけず、健康優良児だと思っていた自分ですが、体に負担がかかっているのがわかります。すぐに疲れるし、まだ時差ボケもあるのか(?)、変な時間に眠くなったりします。

ちなみに先週末は、7年もスーダンに住む日本人男性のハルツーム市内と隣町のオムドゥルマンを案内してもらいました。その中でも印象的だったのは、青ナイル川と白ナイル川が合流する地点。私もよく知らなかったんですが、実はあの有名なナイル川って、源流は青ナイル川(エチオピアから)と白ナイル川(ウガンダから)が合流して一つのナイル川となって、エジプトを経由して地中海へ注いでいるんですね。
白ナイル川と青ナイル川の合流地点

よーく見ると左側(白ナイル)と右側(青ナイル)で色が違って、
真ん中で二つの支流が混ざっているのがわかりますか?

オムドゥルマンのスーク(市場)にて

私が過去に4年間を過ごしたモロッコと同じく、スーダンもイスラム教の国なので、習慣や文化的に似たことも多く、現時点ではそこまで違和感なく暮らしています。ただ、イスラム教のお祈りの日である金曜日に合わせて、週末が金、土曜日のために、出勤日が日〜木曜日なのがモロッコとは違い、いまだに曜日の感覚がうまく掴めない部分があります。

仕事はまだそこまで仕事っぽいことはしていないですが、上司とも面談して徐々に仕事を任せられていきそうです。

では、ハルツームでの生活や仕事に関してはまた更新していきたいと思います〜。

2018/01/13

新年のご挨拶 2018

少し遅くなりましたが、2018年明けましておめでとうございます!

このブログも半年以上更新していなかったので、何をしているのか、元気にやっているのか不思議に思った方もいるかもしれません。。。

まず去年1年を振り返ると、正直言って、ブログを更新したくても更新する時間と余裕がないくらいに忙しかったのです。

仕事そのものは大分慣れてきたし、残業もそれほどしていないのですが、国連での仕事は次のポストに着くための就活が常に必要であり、2017年は私にとって、次のポストを取るための就活やスキルアップに集中していた1年でした。

2017年に私が目標として以前から目指してきたことは、毎年外務省が実施している、若手職員を国連に送り出すJPO(Junior Professional Officer)試験に合格すること。この制度の詳細や求められる人材は上記のリンクに記載されているので詳細は省くけれども、2017年のJPO試験に合格するために、私が個人的に2017年に集中して行ってきたのは、以下のことでした。

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【言語】
●英語
英語はこの制度の応募時に必須とされていて、IELTSかTOEFLの試験結果の写し(2年以内に受験したもの)を応募書類の一部として送る必要がある。そのために、IELTSを受験することにした。今の仕事では英語はあまり使っていないので、錆び付いていたのと、最後にIELTSを受けたのはもう10年以上前。同試験で高得点を取るにはある程度の対策が必要な為、攻略本を買って受験一ヶ月前頃から対策した。結果、目標だった8.0を取ることに成功した。
※ちなみに、上記リンクにあるFAQにある通り、JPO試験でIELTS/TOEFL試験のスコアに夜足切りは行っていない。

●フランス語
国連での仕事では、英語以外の国連公用語ができると有利となる場合がある。
私は現在の仕事でフランス語は毎日使っているので、少しずつ上達しているけど、まだまだ仕事で堂々とわかりやすく自分の意見を会議などで発言できるようなほどではないし、議事録や仕事のメールでもフランス人同僚の校正が必要なくらい。。。平日仕事のあとに週に4時間の授業を受けたり、TCF(Test de connaissance du français)の試験を受験し、直近の自らのフランス語レベルを図ることにした。結果、レベルはB2(中上級)。できる限り早く次のレベルのC1(上級)に達することが目標だったので、まだまだ上達が必要。

【専門知識】
●ディプロマ
JPOの募集要項にもある通り、受験するには最低でも修士号以上の学歴と、最低2年以上の関連業務経験が必要とされる。私は修士号は持っているものの(専攻:通訳・翻訳)、実は私が希望する国連機関の分野と業務とは関連性が薄い為に、オンラインでDiplomaを取って関連分野における専門知識を強化することにした。私が受けたのは、Diploma in Human Rights and Forced Displacement(人権と強制移住)というコース。オンラインなので、仕事をしながらでも勉強できるし、実施機関も国際協力の分野では名の知れた大学。期間も3月〜12月なので、1年以内で取得が可能。実際にこのコースを2017年から受講して、無事に12月にDiplomaを取得することができた。(ちなみにJPOの二次選考の面接では、このディプロマを確実に取得できるのか聞かれたので、このディプロマを取っていたことは有用だったと思われる。)

●その他のコース
最近はネットの普及により、世界どこからでも様々な分野のコースをオンライン上で受講することができる。私はその利便性を利用して、実際に以下の短期コース(どれも全6週間、各週4時間ほどの学習時間が必要)を受講し、修了証書を受け取ることができた。
- "Community Development"(コミュニティ開発)
- "Education in Emergencies"(緊急時の教育)
- "Project Development and Management from Gender Perspectives"(プロジェクト形成とマネージメントにおけるジェンダー的視点)

その他、現職の一環でも、UN Womenが企画するジェンダー主流化の研修や、プロジェクトマネージメントの基礎となる手法であるResult-based Management(RBM)の研修にも参加することができた。

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結果、これらの勉強を仕事以外の時間はずっーっとやっていたために、ブログを書くほどの余裕が2017年はなかったのです。でも、その甲斐もあってか、外務省からJPO試験の合格通知をいただき、現在UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のスーダン事務所にAssociate Programme Officerとして推薦を頂いている状況です。まだ最終的な手続きが終わっていませんが、早ければ2018年春頃には首都ハルツームの事務所に赴任予定です。

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でも、落ち着いてはいられません!冒頭でも書いた通り、国連で仕事をするためには常にいろんなスキルを向上が必要であるために、努力を続ける必要があります。

そこで、今年の目標は以下。

【言語】
●フランス語
2月3日に、DALF C1(上級レベル)を受験する予定なので、まずはこの試験に合格することが目標!かなりレベルが高い上に、自らのレベルがまだそこには到達していない気もするので、本気で努力しないと不合格になってしまいます。。。

●アラビア語
これまでにずっと怠けてきたアラビア語・・・。モロッコ方言のアラビア語(ダリジャ)は、モロッコでの協力隊員時代に使っていたので会話レベルでならば理解できるのだけど、正則アラビア語からは大分かけ離れているので、まずは正則アラビア語を勉強したいです。次の任地となる予定のスーダンもアラビア語圏のために、スーダンに着いたらアラビア語の習得にも励みます。

【専門知識】
●修士号
2つ目の修士号をオンラインで取ろうと思っています。これから申し込む予定ですが、専攻は国際協力と人道支援のコースを検討しています。スムーズに行けば約1年半で修士が取得できるので、仕事しながらめげないように頑張ります!

●その他
これまでに難民支援の仕事はほぼ未経験のために、まずは難民法や国際法、人権法など、難民の保護にまつわる勉強をしてもっとこの分野の知識を深めたいです。UNHCR内部でも様々なオンラインコースがあるそうなので、そのコースなどを積極的に受講したいです。

あとは、現職を通してジェンダー主流化やジェンダー平等に関する仕事に取り組んできたこともあったので、さらに同分野、特に難民女性に対する性的暴力に関してや、女性の社会的・経済的エンパワーメントにおいて更に知識と経験を増やしたいと思っています。

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なんか大きなことを色々と書きましたが、こうやって書くことによって自分で設定した目標にコミットする責任感も生まれるので、書いてみました。
この子猫のように、常に上を向いていたい。

それでは、このブログを読んでいるみなさんにとっても、良い1年となりますように!

2017/08/27

母とのモロッコ旅行/ Travelling around Morocco with mum

久しぶりすぎる投稿ですが、ちゃんと生きております、ご安心を。
最後にブログを更新したのは今年の1月で、それ以降は仕事や勉強などでいろいろとバタバタしてて、ずっと更新できずにおりました。

今回は、もう数ヶ月前の事になりますが、今年4月に母がモロッコに旅行に来た時について書こうと思います。

母は今年3月に65歳で定年退職し、退職してから2週間後にモロッコに遊びに来ました。
私がモロッコで2013年〜2015年の間に青年海外協力隊で赴任していた時にも一度来る事を試みたのですが、その時は仕事の都合がつかずに、諦めたのでした。

なので、今回やっと叶ったモロッコ旅行。

発着はカサブランカだったので、カサブランカまで私が迎えに行って、ラバトまで連れてきて、ラバトで夕飯。泊まりは私のボロアパート。意外と時差ぼけもなく、ラバトについてからも数時間は観光する事ができました。

そしてそのあとの日程は、フェズ、シェウシャウエン、メルズーガ、グルミマ(隊員時代の任地)、トドラ渓谷、ワルザザード(アイトベンハッドウ)、マラケシュ、エッサウイラ、そしてカサブランカ、と、かなりの強行日程で移動。マラケシュ以外はどこも一泊のみの滞在です。笑。

フェズのリヤド。普段は大体安宿にしか泊まらないけど、
母が来た時はいいリヤドに泊まれるから嬉しい。笑。

フェズの神学校、Bou Inania。フェズには何度も行っているけど、ここに入ったのは今回が初めてだった。 

タイルワークと木工細工が素晴らしい。

神学校からスークを覗く

フェズの老舗の陶器屋さん。ブルーフェズで知られる青い陶器がたくさん飾られている。
この店は陶器も美しいんだけど、それに加えて上を見渡すと素晴らしい細工が施された
内装が凄い。

青の街、シェフシャウエンを丘の上から眺める。

シャウエンのメディナ付近にある扉

久しぶりのメルズーガ。この日は珍しく曇っていたのが残念。

典型的な写真だけど、やっぱり載っける。笑

私の隊員時代の任地グルミマの、元活動先アソシエーション。
まだ商品を自分たちできちんと作り続けていた。

元同僚の女性たちと一緒に、集落を通って彼女たちの家に向かう。

この村ではほとんどの人が家で羊などの家畜を飼っている。
現在住む都会ラバトでは、羊の姿を目にすることもほとんどない。

元活動先アソシエーション②。こちらもちゃんとまだ商品を作り続けていた。

トドラ渓谷にて、水汲みを手伝うロバ。

アイトベンハッドウが窓から見える可愛らしい宿。

アイトベンハッドウの中にある博物館。私にとっては、結構面白かった。
ベルベル人集落の典型的なお家。

猫が覗いてきた。

アイトベンハッドウの典型的な建築様式

おじちゃんが可愛らしい(けど、チップをすぐにねだる)

宿から見える朝のアイトベンハッドウ

ズームするとこんな感じ。朝焼けに照らされて綺麗。

そして全景はこちら。

こちらはマラケシュのリヤド。マラケシュは可愛らしいリヤドが多い。

内装が全て可愛らしくって、次回もこのリヤド利用したいと思ったくらい。

バヒア宮殿の内装(天井)

エッサウイラの旧市街。やっぱりここの街、好き。

お決まりのエッサウイラ旧市街風景

漁港にいた子猫。可愛すぎる。

エッサウイラ漁港

エッサウイラは猫があちこち。商品の上で出産・子育てしてて、おまけに餌までもらえてるのがすごい。

こういう街並みが好き

太った猫がよく堂々と商品の上で寝ているエッサウイラ

かなりの弾丸ツアーでモロッコ国内を一周し(おそらく総計3000kmくらいは移動した)、おまけに全ての移動は公共交通機関、時にはオンボロの相乗りタクシーで揺られたりしたにも関わらず、特に母は文句いうこともなく、むしろ楽しかった、と言っていたのは、さすが私の母だと思いました。笑

また、私と同様、モロッコの雑貨の可愛さにやられたのか、本人曰く、旅行先でここまでお金を遣ったのは初めてだ、と言うほど、爆買いをしていました。雑貨などの小物は諸々買っていましたが、それに加えて絨毯を二枚買ったのには、さすがに私もびっくりです。でも、実家にモロッコ雑貨がさらに増えるのは悪くない、むしろ嬉しいことなので、よかった、よかった。

旅の後に、感想を聞いたところ、「Arataが色々と知っていてビックリした」と言っていました。どうやら、個人ガイドみたいな感じで、マラケシュやフェズのスークを案内したり、手工芸品のことや歴史・文化的説明などが聞けたりしたのが面白かったようです。

ということで、少しは親への恩返しができたかなあということで、よかったです。

2017/01/31

年越し@セネガル / New Year at Senegal

2017年も明けて一ヶ月が経ってしまいましたが、明けましておめでとうございます。

年末年始は、モロッコではなくてセネガルで過ごしてきました。

私の周りの友人や同僚は、年末年始はそれぞれの実家で過ごしたり、モロッコから旅行でヨーロッパなどに行くなど、基本寒いところへ向かっている人が多い印象でしたが、私はその逆で、モロッコよりもあったかい南へ行くことにしました、笑。

前回の投稿にも書いた通り、セネガルには実は現在何人か駐在している知り合いがいたり、それからもう少しモロッコよりもアフリカらしい国を見たいってこともあって、今回、モロッコからわりと近場に行ってみることに。
地図では7時間となっているが、実際は直行便で3時間程度だった。
そしてラバト〜ダカール直行便はないので、
ラバトから1時間くらい離れたカサブランカから、
ダカールへ向かった。

ちなみに、カサブランカを出発して30分後くらいに上空を通過した、
モロッコのアトラス山脈が最高に綺麗だった

なんと飛行機の中では、座席の一部不具合の関係から、いきなりビジネスクラスにアップグレードされてラッキー🎶 幸先いいスタート。

ラバトでは服の下にヒートテック着ていたけど、ダカールに着く前に全部ヒートテック脱ぐくらいに暑くって、ダカール着いたら案の定、気温は25度くらいと、モロッコよりもかなり暑かった。 

今回行ったのは、首都ダカール、ゴレ島、ラックローズ、サンルイ、トゥーバ、カオラック、フィメラというところ。
赤いところが首都ダカール。国の全土が見えるようにあえてズームアウトして表示しているけど、
実際にダカール〜サンルイ間だけでも5〜6時間くらいはかかった























ダカールの朝焼け

ゴレ島の博物館。ここが奴隷貿易の起点となり、
多数の人々が見知らぬ土地へ連れて行かれた。

ここから、奴隷たちが船に乗せされて行ったという。
(現在はすぐ下がふさがれているが、
当時は下のコンクリートはなかったらしい。)
解放された奴隷を表した碑

ゴレ島は以前から行ってみたいと思っていたところの一つ。奴隷貿易の歴史や当時の状況を説明した博物館では、係員の人がフランス語で簡単に説明してくれたが、あまりにもアクセントが強くって、ほとんどわからずにショック・・・。でも、偶然英語で観光客に説明してくれていたガイドの話を小耳にはさむと、「ここでは男性と女性、男児と女児が部屋ごとに分けられ、この部屋では女児の部屋だった。唯一女児の部屋にはトイレがあったが、その他の部屋にはなかった」、「奴隷たちはこの小さな部屋に詰められて、ろくな食事やトイレの場所も与えられず、汚物まみれで過ごすことを強いられた」などと説明していて、想像を絶するような生活状況だったことが伺えた。


バオバブの苗がたくさん売っていたので、
モロッコで育てようと思って、種だけ買ってみた。

育ったらこんなに立派なバオバブになるのかなあ・・。




                                                                                                                     


お次はラックローズ。ラックローズはフランス語で「ピンクの湖」という意味を持つ通り、この湖は11月〜2月くらいの乾期には、この湖にある藻の影響で、水面がピンクになるという。
ラックローズの湖面にて。セネガルの旗が翻る。

午前中、この時間帯はまだそこまでピンクではなかった。

でも正午近くになったら、だんだん湖面が赤っぽくなってきた

この湖では塩分が高くて、塩の産業も盛ん。
おじさんが顔まで塩まみれで、
必死に湖の底から塩を採取していた。

ラックローズを四駆で一周することにした。
そうしたら、ラックローズ自体よりも、その周りの村とか、
海(大西洋)が見えることに興奮!笑

こういう風景を見ると、
自分が2年間過ごしたモロッコの砂漠地方を思い出す。





































                                        
そして、フランス植民地時代のコロニアル様式が残る、セネガルの北の都市、サンルイ。確かにコロニアル様式の建物が残り、コンパクトにまとまった街だけど、私が印象に残ったのは、この街の西側にある海岸で見た夕日の美しさと、その海岸で繰り広げられる、現地の人々の日常生活だった。










2017年の最初の夕陽





















子ども、船、魚、大人、家畜、ゴミ、など、いろんなことが混沌としている海岸だったけど、
そんな生活の一部が見れて、そして素晴らしい夕陽が見れてよかった。

※ちなみに、この海岸は、サンルイでも比較的貧しいと思われるエリアにあるため、治安の関係上、女性が一人で行くことはお勧めできません。私はセネガル駐在の友人と一緒に行きましたが、カメラ以外の貴重品は全部ホテルに置いて行きました。

あと、サンルイの北部にある野鳥で知られる国立公園にも行ってみた。ここでは、大量のペリカンや鷺などの野鳥を見ることができる。
ペリカンがたっくさん。でもボートで湿地帯を2時間ほど一周すると、最初は物めずらしいものの、
そのうち途中で結構飽きてくる人、疲れてくる人多し。笑




セネガルの料理、チェブジェン。
ご飯と魚と野菜が入ってて、結構美味しい。
上の絵は、現地の隊員が活動の一環で作ったもので、
地元のレストランに置いてあった。

さて、これまでは一緒にダカールから一緒に同行してくれた友人も、仕事があるためにダカールへ帰り、私一人でセネガル内の旅行を続けることになる。流石に知らないアフリカの土地で、女性一人でバックパックを持って旅行するのはちょっと勇気がいるが、隊員時代に身についた、言葉が通じなくてもなんとかコミュニケーション取れる、そしてなんとかなると言う、よくわからない度胸と楽観的な気持ちで、一人でなんとか現地の人が使う交通手段を使って、次の目的地であるトゥーバに向かった。


トゥーバは、セネガルのイスラム教の巡礼の地であり、大きなモスクがある。モロッコも同じくイスラム教の国だけど、モスクは国によって建築様式が違ったりするために、セネガルのモスクはどんな様式なのか見てみたかった。

トゥーバのモスクの入り口では、案内人みたいな人がモスクの中と、古いコーランがたくさん所蔵されている図書館を案内してくれた。(終わった後には大分割高だったけど、チップを払った。)
改修中だったのが残念・・・






モスクの中には、モロッコ様式やトルコ様式など異なる様式の装飾があった


ちなみに、トゥーバは聖地であるためにホテルやバーなどが一切ない。だから、郊外のホテル(と言っても、観光客が泊まれるようなところはほとんどネットに書いてなかった)に泊まる、あるいは日帰りで訪問するくらいしか選択肢がない。

トゥーバの後は、モロッコで隊員だった時に知り合って、その後2016年1~2月に受けた外務省委託の平和構築人材育成事業の運営スタッフをしていた友人が、現在セネガルで協力隊員として活動しているので、彼女の住むカオラックに行ってみた。

カオラックで無事に友人に合流できるまでちょっと手こずったけど、無事に友人にも会えて、一安心。彼女の活動先の様子を見せてもらったり、カオラックの街を一緒に見学させてもらったり、彼女の同僚と一緒に食事したりして、やっぱり隊員ならではの現地に馴染んだ生活を垣間見ることができたのは貴重だった。
日本のODA事業の支援を受けてできたカオラックの魚市場

人と魚がたっくさん

協力隊員として活動する友人の活動先で見かけた
木工職人

モロッコのイスラム教とはまたちょっと違う雰囲気 

カオラックはこのようなカラフルな布で有名らしい


そして、次はカオラックからフィメラという、セネガルにおけるちょっとしたリゾート地へ足を伸ばしてみた。カオラックで活動する友人が、フィメラで活動している別の隊員に連絡してくれて、初対面の方だったけど快く一緒に食事をしてくださった。偶然にも、日本からの別の旅行者もいらしてて、3人ともほぼ初めましてだったけど、そんなことが感じないくらいにフレンドリーで、その翌日も一緒に3人で食事しちゃうくらいに接しやすい人たちだった。

フィメラはマングローブのある湿地帯として知られているところなので、とりあえずマングローブの湿地帯を一周するボートのツアーに一人で貸し切って乗ってみた(一人旅はこういう時に割高だし寂しい)。確かにマングローブはたくさんあったけど、マングローブよりも途中で上陸した小さな島にあった村の方が個人的には面白かった。
立派なバオバブの木。次はマダガスカルのバオバブ見たい。



この小さな島では、イスラム教徒もキリスト教徒も、その土着の宗教を信じる人たちも、皆が共存して住んでいた。特に宗教的な対立はないという(宗教の違いを理由に紛争や差別をしている人たちには見習って欲しいばかりである)。

そして、フィメラからダカールに戻ってきて、ダカールを最後に改めて見学。市場やアフリカ・ルネッサンスの像などを見学したり、平和構築人材育成事業(HPC)の同期で、セネガルの国連機関に国連ボランティア(UNV)として派遣されている同期の子との久しぶりの再会をしたりして、最後まで本当に充実した滞在を満喫することができた。
アフリカ・ルネッサンスの像。抱えられている子どもが差しているのは、
ニューヨークの自由の女神。女性が差しているのは、奴隷貿易やアパルトヘイトなど、
黒人への差別があった暗い過去を差しているという。

像の中に入って、男性の像の帽子からダカール市内(と女性の像の顔)を見渡せる。
こうやってみると、首だけどーんとあるように見えるけど、その下にはちゃんと胴体もある。

アフリカ最西端から東京は遠かった


アフリカ最西端から眺めた夕陽


ということで、かなり充実した一週間をセネガルで過ごすことができました!

ダカールを飛行機で出発したのが1月7日早朝2時、そしてなんと6時間後の朝8時にはモロッコの自宅に到着するという、この近さ!是非また行きたい国となりました。