2020/07/30

ブニア(コンゴ民主共和国)に着任しました! / Reassignment to Bunia (DR Congo)

前回のブログ投稿では、スーダンでの任務を終えて日本に帰国したことをお伝えしましたが、今回は着任したばかりの国、コンゴ民主共和国での最初の1週間の生活をお伝えしようと思います。

ということで、今更ですが、実は今年6月からコンゴ民主共和国の北東部にあるブニアという町にあるUNHCRの事務所の仕事に着任しました。新型コロナルイスの影響で、6月には物理的に着任することができなかったので、6月1日からテレワークで遠隔でスーダンと日本から仕事させてもらってました。7月に入ってやっとコンゴ民への渡航ができそうな目処が立ってきたので、やっと7月22日にブニアに到着することができました。
コンゴ民はアフリカのほぼど真ん中にあって、
アフリカ大陸の中ではアルジェリアに続いて第二番目に国土が広い。


ブニアへの道のりはとっても長く、7月20日夜に日本を出発し、エチオピアのアディスアベバに21日早朝に到着し、その後すぐに国連人道支援サービス(UNHAS)の飛行機でコンゴ民東部の主要都市ゴマへ行き、ゴマで一泊した翌朝22日に、ゴマ〜ブニアの国内線(UNHAS)で1時間の乗り継いだところにあるので、時差のことを鑑みて計算しても、実家(東京)からブニアまでは計3日近くかかったことになります。
ブニアはウガンダとの国境から40kmくらいのところにある

ゴマでブニアに向かうUNHASの飛行機にチェックインする時、事前に申請がないと荷物制限の25kg以上は乗せられないと言われ、そんなこと何も事前に知らせれてなかったので、仕方なく至急必要な荷物25kgのみを優先し、他の荷物(約50kg分)はあとから貨物で送ってもらうことになりました(っていうかそういうことなら事務所から事前に教えて欲しかった)。翌々日には次の便があるからと聞いていたので、まあ二日程度なら我慢できるかと思っていたけど、結局翌々日の便では既に搭乗者の荷物のみでいっぱいで貨物に乗せらえなかったらしく、結局スーツケースが手元に入ったのは、ブニア到着後ほぼ1週間後でした(苦笑)。

今回着任したポストに応募した時は、前回のブログでもちょこっと触れた通りダメもとで応募して、実はあまり受かって欲しくないなって思っていたポストでした(苦笑)。なぜから、他にも受けていたポストよりも大変な環境そうだったし、治安・セキュリティ面などでも諸々不安だったからです。受けた時点で、内部応募者が何人既に応募しているかシステム上で見れるのですが、応募締め切り1時間前の時点で既に20人応募者がいたので、どうせ私なんか合格しないだろうと思っていました。

このポストは、2019年後半からコンゴ民東部で発生している多数の国内避難民(IDP)への支援を緊急で行うために迅速に人材を派遣する、UNHCRのFast Trackと呼ばれる制度の元で募集されたポストで、早く人を採用・派遣したいために、普段の採用試験よりも簡易的です。なので、普通は面接や場合によっては筆記試験などがあるのに、今回はなんと面接も全くなく突然合格発表がきて、そのメールがきた時にあまりにもビビったのと不安で、しばらくの間体がずっと震えていたのを覚えています。Fast Trackは合格者決定後原則2週間以内に着任しないといけないというルールもあって、飼っている猫のことはどうしようとか色々考えてしまい、その日の晩も不安でろくに眠れなかったのですが、既にコンゴ民にいる知り合いが3人いることがわかって、その人たちに情報収集のために連絡したところ、意外とブニアはコンゴ民のスタンダードでは悪くないということで(笑)、少しは安心したのでした・・・。

しかしコロナの影響で、着任は合格発表後2週間どころか数ヶ月後になり、その間に少しは心や引越しなどの準備をすることができたのはちょっと救いでした。


さて、ブニアに到着してちょうど1週間経つので、現地の様子も少しお伝えしようと思います。

ブニアはWikipediaによると36万人ほどの人口だそうですが、町の中心地の商業施設は限られていて、国道27号線に沿ってお店が0.5km程並んでいる程度で、裏道にも露天や店は並んでいるけど、売っている物はかなり限られてます。道も舗装されいてるのは、国道のみで、UNHCR事務所がある道も舗装されていません。
ブニア事務所はこちら→

事務所入り口

ブニアの町並み
普段はかなりたくさんバイクが走ってる
(タクシーとして)


週末には1人で町の中を歩いて家に必要な物を買い出しに行ったりできます。町の人はフレンドリーで、Bonjourと声をかけてくる人、アジア系女性を珍しがってジロジロ見てくる人や、「シノワ(仏語で中国人という意味)」と言ってくる人もよくいますが、まあそれはこれまでにもよくあったことなのでスルーしてます。コロナの影響でアジア人=ウイルス持っている、と勘違いされるのではないかという不安もありますが、今のところ何か嫌な思いをする扱いは受けていません。

町の規模から言って、協力隊時代に2年間住んでいたモロッコ南東部のグルミマに似ているなーと思いながら、町を散策してます。余談ですが、今日町を歩いてたら、明日の羊の犠牲祭に備えて包丁を探すモロッコ人の平和維持軍の人たちに会いました。久しぶりに懐かしいダリジャ(アラビア語モロッコ方言)が聞こえてきたので、思わずダリジャで話しかけたらびっくりしてました。今住んでるところの隣人もモロッコ人だし、どこにいってもモロッコとは縁があります、笑。

2020年6月までいたスーダンでは、街中でお酒を売っていることは絶対になかったし飲酒も禁止されていたので、町中の小さなお店でも簡単にビールやその他アルコールが手に入ることが新鮮です!笑
コンゴ民のビール
あまり苦味がなくて飲みやすい!
ビールの瓶を返しに店に戻ったら、
店にいた警察に、
「俺にもビール買ってくれ、買うお金がないんだ」
と言われたので、
「あなたの仕事は市民を守ることでしょう。
お酒で酔っ払っていたらその仕事は務まらないでしょう」
と言い返した。

ブニアでは、ハルツームと同じあるいはそれ以上によく停電があり、今住んでいる家には、どの部屋にもスイッチが二つあります。一つは普通の電気スイッチ、そしてもう一つは前者(電流)が停電した時に太陽光で蓄電しておいた電気を使うスイッチです。ただ、太陽光で蓄電した電気の方は普通の電気程明るなくて(電球が悪いのか?)、今も停電中なのですごく薄暗い部屋でブログ書いてます。日本から持ってきた、PCにUSBで繋げるポケットライトを持ってきていたのが大活躍です!

ちなみに昨日の晩から電流があるうちにと思って、電流コンセントのところにアダプターを介してPC、携帯、ポケットwifiをチャージしていたのですが、今朝突然電流が走るかのようにピカッと光って、すごい焦げ臭いにおいがしてきました。急いでコンセントからアダプターを外したんですが、まだ日本から持ってきて1週間しか使ってなかった新品のマルチソケットアダプター(USB4つとC-typeのケーブルが挿せて、違うコンセントの形でも使えるやつ)が早速壊れてしまいました(涙・・・)。スーダンでも、以前同じやつ使ってたら雨の日にコンセントから水が出てきて壊れたんだよな。。。日本じゃ絶対にありえないことが起こるのがアフリカ。。。。
住んでる家がある集合住宅。
一見良さそうに見えるけど、結構不便なこと多し。


電気がこれだけ不安定なので、もちろん洗濯機なんか使えないし、冷蔵庫の中の物も長持ちしないので、色々不便です。スーダンでは家の掃除だけお手伝いさんにやってもらってたけど、ここでは家の掃除以外にも、調理と洗濯(手洗い)も毎日やってもらわないと自分の手では到底できないです。その他家電(レンジとか電気ポットとか)も普通に使えないので、お湯や食べ物を温めるとかも全部鍋を使ってガスコンロで火にかけるといった具合です。

あと一点気づいたのが、こちらの(洗濯用)石鹸はなぜか青い!お手伝いさんが買ってきた固形石鹸(最初は棒かと思った、笑)は真っ青だし(この石鹸、意外とシミ抜きに効果的!)、パウダーの洗濯用石鹸も中を開けてみたら真っ青だった・・・!白い服が全部青くなるんじゃないかと不安だったけど、どうやら大丈夫みたいです。。。

夜は停電になると道路も真っ暗になるので、事務所での残業はせずに日が出ているうちに歩いて帰るか、事務所の運転手に家まで送ってもらってます。車の免許があればもう少し自由に動けるようになるので、機会があれば免許取ろうか検討中です。

気候は一年中通して15~30度程度で、現在は毎日23度〜25度程度。かなり暑い季節(40〜45度)が半年以上続くハルツームよりは大分過ごしやすいですが、時々あのカラッと晴れたハルツームの陽気が恋しくなります。

とりあえず1週間はこんな感じでした。任期が終わる来年5月末までこんな感じでやっていけるのか若干不安ですが(笑)、まあ無理はせずにボチボチやっていこうと思います。