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2018/08/11

カイロ(エジプト)へ行ってきました!/ My trip to Cairo (Egypt)

少し前の話になりますが、7月中旬に1週間ほどエジプトの首都カイロへ行ってきました。
渡航も目的は、American University in Cairoの難民・移住研究センターが主催する夏期短期コースの一環の、ジェンダーと移住に関するコースに参加するため。コースそのものは5日間だけど、その前後の週末を利用して、合計で10日間ほど滞在しました。
American University in Cairoのタハリール・キャンパス内。
すぐ外には、ジャスミン革命の時に多くの民衆が集まった
タハリール広場がある。

余談ですが、JPOには毎年「研修・学習費用」として一定の金額を上限として費用を補填してもらえる制度があって(金額はJPO費用を負担する政府によって若干違う)、私はこの費用を利用しての参加でした。

カイロは、ピースボートで仕事をしていた時に、地球一周の船旅の航路にほぼ毎回含まれる寄港地だったので、実は過去に5回行ったことがありました(ピラミッドも5回既に見ている)。だけど、船で行った時は毎回ポートサイドというカイロから3時間くらいのところにある港に船を停泊し、そこからカイロへ車で移動だったので、今回研修でカイロに行ったのは6回目にして初めて空路での訪問となりました(笑)。

実はモロッコのUNDPで働いていた頃に、私と同時期にモロッコ首都ラバトの国連機関で働いてたイタリア人がいて、彼が現在はカイロで勤務していることもあり、この友人のお家に居候させてもらいました。この友人(Lさん)は、既にカイロに合計6年滞在しているので、彼に色々とカイロ市内を案内してもらいました。

最初、カイロに行く前にLさんには、「カイロは5回行ったことがあるから、今回はカイロじゃなくてアレキサンドリア(カイロから電車で3時間ほど離れたところにある地中海沿いの港町)に行ってみようかと思うんだけど。カイロではピラミッドも何度も見たし、ハン・ハリーリ(カイロの旧市街にある有名なスーク(市場)も2度行ったことがあるし。」と話して、すっかりカイロは既に色々と見た気分になってました。でも彼は「でもカイロはそれ以外にもいっぱい見所があるよ」と言っていたので、じゃあせっかくだからピラミッドとハン・ハリーリ以外のところでまだ見てないところを案内してもらうことにしました。
過去の滞在で行ったことがあった、ハン・ハリーリ市場の中にある門。
ここはもう9年ほど前に来た時にも見て印象的だったのでよく覚えている。
ハン・ハリーリ内にある門(上の写真の場所を別の場所から撮ったもの)













ハン・ハリーリ内にあるカフェが並ぶ小道。カフェに座る客に向けて、
いろんな商売人がものを売ろうと通りかかる。

こういうランプ、よくモロッコにも売ってた。エジプトにも似たようなのがあった。


夜になるととっても幻想的な雰囲気を醸し出してくれる。私も結局一つ買っちゃった!

・・・で、結果から言うと、私は5回行ったことがあると言っても、これまでに全然カイロの見所を見ていなかったことがよくわかりました・・・。Lさんは6年も過去に住んでいたので、ガイドブックなしにほとんどの場所の行き方を知っていて、真夏のカイロ炎天下40度近い中、汗だくになりながら、いろんなところを案内してくれました。
イブン・トゥールーン・モスク
カイロで現存するモスクでは一番古いモスクらしい。
左手の塔には登ることができて、一番上からの景色は素晴らしい!





モスクの中。カイロにはものすごい数のモスクがあって、
イスラム教徒でなくても中に入れるモスクが多いのが驚いた
(モロッコでは、カサブランカのハッサン2世モスクくらいしか入れない)
案内中のLさん。超暑い中色々とありがとう。

こちらは内装の壁が青いことから
通称ブルー・モスクと呼ばれるアクスンクール・モスク


Amir al-Maridaniモスク。扇風機の下で中で人が何人か昼寝してた(笑)。


教会の中なんだけど、装飾はかなりイスラム様式を
用いているのがすごく興味深かった。


カイロ滞在中に2度行った、近くの小さいレストラン。
細切れの麺が混ざった麺と、モロヘイヤのスープが絶妙に美味しかった!

カイロ歴史地区にある世界遺産、シタデル

中にあるモハメド・アリ・モスクが立派 

モハメド・アリ・モスクの外観 

スルタン・ハッサン・モスク と神学校の中

スルタン・ハッサン・モスクと神学校の中

Al-Rifaiモスクの中でお祈りする人たち


Al-Rifaiモスクの中。内部の装飾が厳かな雰囲気を出している。

Al-Rifaiモスク内部

アムル・イブン・アル=アース・モスクの中。夕暮れ時に行ったらとても神秘的な雰囲気だった。


場所の名前を忘れてしまったけど、植民地時代の西洋的な建物。
もう廃墟となり特に観光地化されてもいなかった。この近くには、ユダヤ教のシナゴーグもあった。

ちなみに、私が居候させてもらっていたLさんのアパートがあるのはZamalekという、カイロの中では裕福層の人たちが住む地域で、そこには植民地時代の様式の建物がまだたくさん残ってました。それと同時に、西洋的なホテルやバー・レストランもたくさんあって、滞在の最後の方にはコースを一緒に受けた人たちと何人かでオシャレ目なバーに行ってきました。ここからはナイル川と対岸の景色を見ながら、美味しい食事とお酒が飲めるので最高!


あとは、カイロではエジプトで唯一のスーフィーダンスの舞踊団のパフォーマンスが観れるということなので、観てきました!もともとこのダンスは真っ白な衣装を纏ってその場で回転するトルコのダンスが有名ですが、エジプトではカラフルな衣装を纏って踊ってました。ちなみに、このブログの投稿の一つ前に書いた世界難民の日のイベントで、シリア人難民が踊っていたのものこのスーフィーダンスで、彼らもエジプトと同じようなカラフルな衣装でした。


実はこのスカートのようなものは二重になっている
 こんな感じで、かなり迫力満載です!場所は、ハン・ハリーリのすぐ近くのタンヌールという屋外劇場です。以前は無料だったそうですが、私たちが行った時は確か1人75ポンドくらいだったと思います。私たちは開演の30分以上前に行って、席を確保しました(自由席のため)。始まる頃には満席になってました。

昼のスークもいいけど私は夜のスークも大好き。中東独特の異国情緒を醸し出すというかなんというか、この雰囲気と色合いが大好きなんです。以下は22時〜23時頃にハン・ハリーリの後ろに広がるイスラミックカイロのスークの様子ですが、ライトアップされたモスクやスークの間に人がたっくさんいて、夜は特に若者で賑わっていました。

















最後になりますが、コースもとっても面白くって、わざわざカイロまできた甲斐がありました。受講者は、エジプト、スーダン、イラク、リビア、シリア、アイルランド、スペイン、フランスなどからの出身で、中にはカイロ在住の難民の人もいました。理論や実践(グループワーク)などを交えて4日間ジェンダーと移住に関して理解を深めて、最後には受講者一人一人がコースで学んだことに関連のあることを用いて、自ら選んだテーマに関して15分間プレゼンをすることが求められました。私は移民や難民にまつわるコミュニケーション題材(写真・文章など)が、どのように無意識にジェンダーにおけるステレオタイプを強調するように発信しているか、そしてそれをできるだけ防ぐにはどうしればいいのかということを簡単にプレゼンさせてもらいました。

それにしても、スーダンのお隣の国なのに、カイロはハルツームに比べて全然発展しているし、美味しい食事もお酒も飲めるし、なんていいところなんだ!と思ってしまいました(日本から来るとそうは思わないかもしれませんが。。。排気ガスや騒音とかセクハラ問題とはあるし。。)ハルツームからは飛行機で3時間ほどでいけちゃうので、ハルツームから抜け出してちょっと素敵な食事とかお酒、買い物を楽しむにはもってこいの場所だなーって思ってしまいました!ということで、カイロにはまたお世話になろうと思います!

2016/12/26

振り返る / Reflection

モロッコで迎えるクリスマスはこれで3回目。相変わらず特にクリスマスらしさもないモロッコなので、特に驚くほどではない・・。

でもこの時期になると、協力隊員時代に住んでいたモロッコの田舎の町で毎年12月中旬〜末頃にある、オリーブの収穫が懐かしく感じる。そして、冬場ではかなり寒くなる砂漠地方にて、日中は日向ぼっこするためにクサル(ベルベル人の要塞化された村)の片隅にて丸くなっているジェラバ(モロッコのフード付き伝統的な服)のおじさんたちの姿が恋しくなる。
隊員時代の任地グルミマのオリーブ(2014年12月撮影)

クサルの片隅にて日向ぼっこするジェラバ姿のおじさんと子ども
(2015年1月頃、グルミマにて)

写真を振り返ってみると、なんて平和で幸せな日々だったんだろう〜と思う。それに比べて、都会のラバトでは別にオリーブの収穫なんて関係ないし、クリスマスも関係ないので、特に普通の日々を送る人々・・・。昨日クリスマスの日には、天気がとても良かったので、久しぶりに散歩がてらにラバトの海へ行ってみた。

この時間はマジックアワー

奥に見えるのはウダイヤ・カスバ(要塞)

魚を待つ漁師さんたち(・・・と猫)















何度もラバトの海岸は来ているけど、やっぱり夕暮れ時の海は最高に綺麗(寒かったけど・・・)。ラバトで住む家を決める時に、あえて海とメディナ(旧市街)にわりと近い地区に決めた甲斐がやっぱりあった。

ここ1〜2か月はブログを書く時間や心の余裕がないほど結構忙しかった。仕事も徐々に忙しくなってきたし、週に2回とっているフランス語の授業、そして自主的に取組んでいるオンラインのコースとかがあって、なんだかんだ言ってあまり家でゆっくりとする時間がなかった。

10月頃からは仕事でジェンダー関係の仕事を任されるようになって、UNDP内部の各国のオフィスのジェンダー平等に向けた取り組みの進捗状況のモニタリング評価をする制度があり、それに関する仕事を任せられたり、12月にはヨルダンで行われたアラブ諸国のUNDP事務所スタッフを対象とする女性のリーダーシップに関するワークショップに、モロッコ事務所から選出されて参加させてもらったりと、もともと興味があったジェンダー関係の仕事をさせてもらえるのはとても嬉しい。

あとは、11月にUNDPモルドバ事務所の試みで、モロッコの移民と地域開発プロジェクトの視察に来た21人のモルドバ人御一行が、ラバトにある関係政府機関や地方自治体を訪問する際のコーディネートや同行する仕事を引き受け、モロッコ南部(アガディール、ティズニット)まで出張する機会ももらえた。久しぶりに少しだけだけど、現場の様子を見ることができて嬉しかったのと、前職NGOピースボート時代に培った団体コーディネートの力がすごく役に立った(笑)。
アルガンオイルを作るコーペラティブ(組合)

道中、アトラス山脈には雪が積もっていた
そして、11月にマラケシュであったCOP22では、ピースボートの元同僚たちにも会えたいし、元モロッコ隊員で今もモロッコ関係の仕事をしている友人もも会えて、やはり人とのつながりの大切さを実感。

一方で、仕事(や時々日常生活)では苦労することも絶えない。なんといってもフランス語。やはり、私のような中途半端なレベルのフランス語では、まだまだ国連のような国際機関でスムーズに仕事を進めていくには足りなくって、よく会議とかでもわからないこともある。フランス語の授業を週2回とっているけれども、モロッコ人ばかりのクラスの中で、おそらく一番できないのは私で、授業が終わるたびにほぼ毎回暗い気分で帰宅する(もちろん、レベル分けテスト受けてクラスは決められるから、一応的確なレベルのクラスには入れてもらっているらしいけど、モロッコ人は何しろ小学生からフランス語勉強しているから、特に話すのは皆とても流暢)。

そんなわけで、時々職場や友達の間で英語を使ったりすると、すごく解放されたような気分になる。というのは、やはりフランス語ではまだ自分が話したいことが完全にスラスラ出てこない時があって、難しいことを説明する時などはどうしてもうまく言葉が出てこなくて、つっかえてしまうのだ。これが英語だったらどんなに楽か・・・、と時々思う。

よく振り返るのが、1999年に15歳でイギリスに単身留学し始めた時のこと。当時は中3レベルの英語で現地に飛び込んだから、特にイギリス人ばかりの寮生学校に入った時は、授業や日常生活でもコミュニケーションにはかなり苦労した。その時の英語に比べたら、おそらく今の自分のフランス語の方が多少はできているとは思うけど、当時味わったもどかしさは今でも忘れない。それに、大人になってから勉強しているフランス語がなかなか伸びないこのもどかしさといったら、今の方がよっぽど強く実感しているのかもしれない。

職場ではフランス語がメインだけど、日常生活はアラビア語モロッコ方言。隊員時代は、フランス語がほぼ通じない地域にいたから、活動はほぼ全部アラビア語でやっていた。でも今は職場でほとんどフランス語だから、アラビア語能力は低下する一方。アラビア語でコミュニケーションとるのは、タクシーの運転手と話す時か市場で買い物する時くらい。ラバトでは友人と会う時も、モロッコ人はアラビア語以外にもフランス語や英語(中には日本語も)ができる人たちなので、アラビア語でコミュニケーションとる機会がほとんどないのだ。

この前の出張で思ったけど、ヨルダンなど中東ではモロッコのアラビア語よりはもっと正則(スタンダード)アラビア語に近い方言で話すので、モロッコのアラビア語ではあまり通じない。せっかくアラビア語圏に住んでいるのだから、正則アラビア語も勉強して、他のアラブ圏にいってもコミュニケーション取れるようになりたいなあと思う。
ローマ遺跡の劇場のてっぺんから見下ろしたアンマン市内。寒かった。

ヨルダンでは、シーシャ(水タバコ)を吸っている人がたくさん。
モロッコではあまり見かけないのです。

ちなみにヨルダンでは、ピースボート勤務時代に一緒のクルーズに乗り合わせた日本人が偶然にも同時期にヨルダン旅行中だったので会うことになったり、アンマン在住のヨルダン人の知り合いにも会えて、嬉しかった。

というわけで、引き続きこれからも、もがきながらも頑張りたいと思います。

年末年始はセネガルで過ごします。友人が何人もセネガルにいるので会いに行くのと、もっと他のアフリカの国を見てみたいと思って。今から楽しみです!

2016/06/05

国連ボランティアとして派遣されます! / UNV Assignment

6月20日より、再びモロッコに戻ります!
国連ボランティア(UNV)として、UNDP(国連開発計画)モロッコ事務所で働くことになりました。任期は当初は1年間ですが、2年間まで延長可能なので、できるだけ2年間残れるように頑張りたいと思います。

業務内容としては、主にUNDPモロッコが行っている開発プログラムの管理やモニタリング・評価の補佐になると思いますが、また詳しくは現地について仕事を始めてから追々書きたいと思います。

ちょうど1年前にモロッコでの青年海外協力隊の活動を終えて帰国した時には、まさかその1年後にまたモロッコに戻るなんて全く想像していませんでした(笑)。

初めてモロッコに行ったのは、(このブログでも何度か書いているけど)ピースボート地球一周の船旅で2009年にカサブランカ港に寄港した時。その時には世界遺産の古都マラケシュに行くツアーにスタッフとして同行して、すっかりモロッコに魅せられてしまった。いつか協力隊でモロッコに戻りたいと思って、その願いが叶ったのが、2013年春。

その後、2015年7月まで、2年3カ月間協力隊として活動して、そしてまたもやモロッコに、今度はUNVとして戻るのが2016年6月。このブログのタイトルにもなっている通り、本当にこれは「点と点が繋がること(Connecting the dots)」なんだなあ〜と一人で感慨深くなってしてしまう・・・。

UNVの後は点が一体どのようにつながっていくのかわからないけど、まずはモロッコでのUNVとしてのミッションを精一杯頑張ってこようと思います。不安もたくさんあるけど、もうとりあえず行くのみです!

2013年春、モロッコに協力隊員として赴任して間もない頃に撮った写真。
このちょっと古めかしい雰囲気が好き。