2013/01/30

JICA二本松訓練所生活② 〜所外活動&自主講座〜

前回の記事からしばらくの間、ブログの更新ができていませんでしたが、実は先週末から今日にかけて諸々忙しかったせいか、微熱が出て体調を崩していました。今日も体調は万全ではなかったのですが、協力隊派遣前訓練の一環で、所外活動というのに参加してきました。所外活動とは、少人数で周辺地域の高齢者施設や幼稚園、障がい者施設、仮設住宅、農家などを訪れ、地域還元活動をするという活動です。私が選んだ訪問先は、障がい者の就労を支援するための施設です。

施設には38名の知的障がいを抱える方たちがほぼ毎日通っており、行った今日も、みなさん縫製、木工、にんにく下処理などの活動に取り組んでいました。私が任せられた仕事は、ミシンを使ってシーツをリサイクルしたピローケースを作ること。協力隊で合格したモロッコの要請も手工芸品関連なので、ミシンを使った仕事なら任せろ!と思ったところでした。
・・・が、実際に一日中ミシン作業をやるっていうのは思ったよりも大変!今までは趣味程度で作りたいものがあるときはミシンを使っていた程度だったけども、これを毎日数時間行うのは結構大変な作業だと実感・・・。それでも、縫製作業班の皆さんは黙々と、そして時にはおしゃべりしながら、作業を進めていることに本当に関心しました。

そして、訓練所に戻ってきたあとは、前から企画を予定していた自主講座「そうだったのか!世界の国旗」という企画を実施しました。訓練所では、派遣候補生たちが自分たちの持っている知識や経験などを共有することができる「自主講座」というのがあり、その一環としてやってみました。国旗というのは、その国の背景を物語っているので、少なくとも自分の任国の国旗の意味くらいは理解して任地へ行った方が、任国への理解が深まるし、現地の人々と交流する良いきっかけにもなるのではないかと思って企画しました。

最初は私が世界の国旗に共通する形や色、そしてその意味を説明し、その後は参加した候補生たちに、各自の派遣予定国の国旗を描いてもらい、その意味を知っている範囲で説明してもらいました。そして、実際にその国旗の絵と意味の解釈が正しかったのか一緒に振り返ってみるという作業をしました。みなさん、必死で任国の国旗を思い出しながら描いて、意味を説明してくれました。微妙に配色が逆さまだったり、意味が本来と異なる発表の国もありましたが、みんな楽しんで取り組んでくれました!参加してくれたみんな、どうもありがとう!



2013/01/20

JICA二本松訓練所生活①

2013年3月末に青年海外協力隊の村落開発普及員として派遣予定ですが、その前に派遣前訓練として、候補生たちは福島県二本松または長野県駒ケ根にあるJICAの訓練所にて、みっちり語学研修を受けたり国際協力に役立つ知識を身につけます。

どちらの訓練所に入るかは派遣国によって違っていて、私はモロッコ派遣予定なので、二本松訓練所で研修を受けています。

二本松訓練所には24年度4次隊(2013年3月末派遣)の研修生が57名いて、皆職種や派遣予定国はバラバラです。なかでも多い職種は村落開発普及員や環境教育、PCインストラクターなどですが、もちろん他にも栄養士、看護師、デザイン、土木、測量、コンピューター技術、行政サービス、日本語教師などもあり、派遣国は計20カ国以上です。

モロッコ派遣予定の人は私を含め3人いて、一緒のフランス語のクラスで授業を受けています。1人は私と同じ村落開発普及員、もう1人はシニアボランティアの方です。2人ともフランス語学習経験があって、私も1年間フランス語を習っていたとはいえ、2人の方が圧倒的にレベルが高いので、ついていくのに必死です。でも、英語を話せるおかげで時々英語に似た単語はなんとなく理解することができます。先生はモロッコ出身で、フランス語以外にモロッコの公用語でもあるアラビア語や、その他英語、日本語、イタリア語も話せる有能な方です。語学研修は1日に3時間〜5時間あって、私がイギリス大学時代に1年かけて習っていた内容を上回る内容が研修開始10日以内でカバーされてしまうくらい、猛スピードで授業が進んでいます!

二本松ではほぼ毎日雪が降っていて、居室の外をのぞくと毎日写真のような雪景色。下の写真はカラー設定で撮った写真なのに、まるでモノクロ設定で撮った写真のよう。

 月曜日〜土曜日は毎日課業(語学クラスや国際協力において有用な講座やワークショップなど)が朝から晩までありますが、土曜日の夕方から日曜日は自由時間になるので、土曜日の夜は他の候補生たちと吞みに出かけたり、日曜日は山の麓にある岳温泉に行ったりします(訓練所は安達太良山の国立公園内にあり、町に出かけるまでに車で5分かかります)。今日は雪がたくさんつもっていたので、中庭でかまくらを作っている人や雪合戦をしている人もいました。私は今日の午後には、念願の編み物をやる予定です☆

訓練は始まってまだ10日くらいしか経ってないけど、毎日かなり忙しい日々を送っていて、平日は結構睡眠不足になるくらいにやることが盛りだくさんです。でも、毎日学ぶことがたくさんで、良い刺激になっています。訓練所生活に関しては、また随時このブログを更新していきたいと思います。



2013/01/14

ブログ始めました!Started writing a blog!

今までに何度かブログを開設しようと思ったこともあったけど、どうしても一歩踏み出せずにいた私…。ですが、この度念願の青年海外協力隊に合格し、任地でどんな生活を送っているのか友達や家族に伝えるためにも、ブログに書いてみようと思って、ついにブログを始めました!

とりあえず、まずは自己紹介などから。

◉東京都生まれの東京都育ち
地元の公立小中学校へ通っていたけど、中学校の英語の授業で見たアメリカの映像をきっかけに海外に興味を持つようになり、その頃から留学を目指すようになった。特に、伝統文化を重んじたり長い歴史を持つイギリスに興味を持って、長期海外留学の本やイギリスに関する本をひたすら読んだ。当時、日本の教育制度や社会にも疑問を持っていて、個性を重んじると本に書かれていたイギリスの教育制度にはとても惹かれた。とにかくイギリスの何もかもが魅力的に思えて、自分は絶対にイギリスに住むしかないと思い込んでいた(笑)。親を数ヶ月間かかって説得し、中学卒業後にイギリスに長期留学させてもらうことになった。

◉イギリス留学生活
1999年4月、イギリス長期留学開始。ロンドン南部にあるEast Sussex州にある語学学校に通い、その後9月からロンドン北東部Essex州にある田舎の寄宿制学校の小中高一貫校の高等部にFelsted Schoolに通った。最初は英語の授業についていくのに必死で、ひたすら勉強と音楽に励む4年間を過ごした。

その後Durham Universityにて地理学を専攻。Durhamは世界遺産の大聖堂(実は映画「ハリーポッター」1作目のロケ地だった!)とお城があるとっても綺麗な町。大学時代はいろんな種類のダンスや、日本人留学生と現地学生が交流できるサークルのAnglo-Japanese Societyの運営などに明け暮れた。


その後、色々迷ったけど前からやってみたかった通訳・翻訳業務を自分の専門とするべく、当時日本語と英語の通訳・翻訳を大学院レベルで教えている大学の一つであったNewcastle Universityの通訳翻訳修士課程に進むことにした。2年間通訳・翻訳理論の勉強や実践に漬かった(通常イギリスの大学院は1年間だけど、このコースは2年間だった)。その時に一緒にシェアハウスに住み、過酷なコースを共に終えた戦友たちは、今でもかけがえのない友達たちとなった。

2008年に大学院を卒業し、学生ビザが切れるまではイギリスでフリーランス通訳をしながら就職活動をしていたけど、結局自分がやりたいような仕事はイギリスでは見つからない気がして、日本に完全帰国することに決めた。進路に迷っていた時にインスピーレーションをくれたのは、Apple社の元CEOの故スティーブ・ジョブス氏のスピーチ。15分程のスピーチだけど、私が特に影響を受けたのは以下の部分。

「先を読んで点と点をつなぐことはできません。あとから振り返ってみて初めてできるわけです。したがって、あなた方はどこかで点と点がつながると信じなければなりません。(省略)・・・点と点がつながることを信じることで、それがたとえ皆の通る道から外れても、自分の心に従う自信が生まれます。」

当時、「●●じゃないといけないからXXのような仕事をしないといけない」と考えたりして就職活動をしていたが、自分がやりたいことはそうではないことに気づいた。自分の気持ちに正直になって、本当にやりたいことを追求した方がいいのではないか。それと同時に、人はいつ死ぬのか分からないのだから、それならば「△△やっておけばよかった」って思って死ぬよりは、「△△やっておいてよかった」って思って死ぬ方がまだいい、と思って、自分が本当にやりたいことをまずはやってみようと決意した。




◉国連広報センターでインターン
そこで挑戦したみたのは、国連広報センターのインターン。前から国際協力の分野に興味はあったももも、どうやって経験を得たら良いのかわからなくて、知識と経験を増やすために応募してみた。日本帰国後すぐに面接に行って合格し、6ヶ月間インターンを務めた。翻訳やプレスクリッピング、広報活動、事務総長来日企画補佐などを担当し、貴重な経験を得ることができた。

◉ピースボート地球一周の船旅
インターンに加えて、数年前からずっと挑戦してみたいと思っていたピースボートの通訳ボランティアにも応募することを決意した。自分が勉強してきた通訳・翻訳のスキルを活かし、国際情勢を学び、かつ自分の目で世界を目の当たりにすることができるなんて、まさに一石三鳥のポジションだと思った。めちゃくちゃ乗船したかっだけに、合格が決定した時は本当に嬉しかった!そして、2009年8月末にピースボート第67回クルーズに通訳ボランティアとして乗船。初めての地球一周の船旅に出発した。


ピースボートでの体験は本当に刺激的だった。寄港地ツアーでの通訳業務や、様々な国から乗船してくるゲスト(水先案内人)たちの講座の通訳や企画運営補佐、いろんな人たちとの出会い、今までに考えもしなかった世界的な問題を目の当たりにすることなど…。その3ヶ月間で学んだことは、今までの人生で学んだことよりも多い気がするくらいいろんなことを体験し、学ぶことができた気がする。そして、そこでできたかけがえのない仲間たち…。そんな刺激たっぷりのピースボートに魅せられて、スタッフになることを決意した。

◉ピースボートスタッフになる
2010年にスタッフになって以後、通訳ボランティアのコーディネーターや国際部のコーディネーターとして計4回地球一周の船旅に乗船した。どのクルーズも乗船するスタッフや乗客が異なるし、寄港地も異なるので、毎回新しい発見や出会いがあってとても刺激的な職場環境。スタッフの国籍やバックグランドも様々で、こんなに多様性に富んで、やりがいのある職場はなかなかないと思う。もちろん大変なこともたくさんあるし、お給料もそこまで良いわけではないけど、それでも続けたのはやっぱり仕事の面白さややりがいがあったから。船での業務以外にも、東日本大震災の災害支援業務や、脱原発世界会議の企画運営などにも関わることができて、ピースボートにいた3年間は本当に色々なことを学ばせてもらったし、かけがえのない仲間たちにも出会った。

◉青年海外協力隊員としてモロッコへ
それでも、ピースボートを2012年12月に退職することを決意した。理由は、以前から挑戦してみたいと思った青年海外協力隊に合格したから。派遣先は初めてピースボートで訪れたときから好きになっていた北アフリカの国、モロッコ。村落開発普及員(現在:コミュニティ開発)という職種で、私の合格した要請は、モロッコの農村地にある女性団体を手工芸品や地域特産品開発と販路拡大を通して支援するという活動内容。派遣予定日は2013年3月26日。どんな生活が待っていることやら…。それは現地についてからのお楽しみ☆

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◉→◉→◉→◉…と続いて行く、振り返ると見えてくる点と点のつながり…。そんな人生の点と点を世界のいろんなところでつなぎながら、今後も新たな点を世界のどこかで創り出していきたいという想いを込めて、このブログのタイトルにしました。

ということで、このブログではモロッコでの青年海外協力隊活動や派遣前研修など、諸々日々の生活を綴って行く予定です。

実は日記や文章を書くことはとても苦手で、三日坊主になってしまいがちなので、継続してブログを更新できるように頑張ります!

Arata