前回のブログ記事にも書いた通り、6月上旬からウガンダの新しいポストに着任しました。私が着任したのは、ウガンダ南西部にあるKyaka(「チャカ」)というところにあるUNHCRフィールド事務所で、主にコンゴ民主共和国やブルンジ、ルワンダなどから来た難民・庇護申請者が約12万人ほど暮らす居住地のど真ん中に位置しています。
ウガンダは西側にコンゴ民、東側にケニア、南側にルワンダとタンザニア、北側に南スーダンに囲まれている |
スタッフは大体30人程度、うち国際スタッフはケニア人2人、エチオピア人1人、タンザニア人1人、アメリカ人1人、そして日本人(私)1人で、他は皆ウガンダ人スタッフ。事務所とスタッフ寮が壁に囲まれたほぼ一つの敷地内に位置してて、自分の部屋からは徒歩で3分もあれば事務所に着くような距離。周りは豊かな自然と家畜、そしてその中に点々と見える難民の居住地くらいしかなく、晴れると景色は本当に綺麗。
スタッフ宿舎の敷地内。良く例えると、高原にあるリゾート地。 階段を下がると私の部屋がある。 |
Googleマップにも道が載っていないような田舎に位置するチャカ。 最寄りの町はKyegegwaで、スタッフは日用品の買い出しのためにKyegegwaかもう少しは離れたMubendeまで行く。ちなみにMubendeには中華系のスーパーがあり、買い出しに行く時はいつもそこに行っているそう(私は着任してから一度もチャカから出たことがない。。。) |
チャカに着任してから10日近く自主隔離期間があったので、実際に事務所で仕事を始めたのは6月中旬頃。今回の仕事は准フィールドオフィサーということもあって、まずは難民居住地区や実施中のプロジェクトなどを知らないと話が始まらないので、私の前任者や、チャカにもう数十年もいる定年退職直前でかつ歩く歴史教科書のような長老ウガンダ人スタッフと一緒にいろんなところ(居住地内の施設など)をまわることから始めてます。
週末以外は毎日この前任者と歩く歴史教科書的長老、そして同い年のエチオピア人の同僚と一緒に、仕事の後に事務所の周辺地域を1時間半くらいウォーキングに行ってます。本当に周りの景色が素晴らしくっていい気分転換になるのと、前任者のタンザニア人おばちゃん(彼女も実は定年退職直前)と長老がものすごく周りの居住地区の情報をよく知っているので、いい勉強になっています。
ウガンダ人長老(前)と同じく定年退職直前のタンザニア人のベテランおばちゃん |
散歩先から見えるUNHCRの宿舎の壁(白と水色)。本当にど田舎にあるのがよくわかるでしょう(笑) |
宿舎から出ると外はすぐ難民居住地区。とは言っても、難民キャンプのようにシェルターが固まってあるわけではなくて、どちらかというと土壁の家が村の中に点々とあるというイメージ。家の作りも、コンゴ民東部からきた難民が多いためにコンゴ東部と全く同じで、またコンゴ民にいるような錯覚に陥る。 |
時々散歩で遅くなるとお月様が見えて綺麗 |
ちなみに、チャカは1984年から存在する難民居住地なので、長年国際機関やNGOなど多数の団体が支援に入っていて、日本のNGOも実はプロジェクトを実施しています。日本人スタッフはチャカには常駐していないけど、日本の団体がウガンダの僻地に入って難民支援を行なっていることを知ると、やっぱり嬉しいですね。
多数の支援団体のボードがある |
日本のNGO、ピースウィンズジャパン(PWJ)が建設した難民居住地にある小学校のトイレ。 |
ちなみに、コンゴ民から一緒に引っ越してきた愛猫サミラもとても元気にやってます。前任地のブニアからはとっても長旅だったのと、途中で首都カンパラで数日ホテル暮らしだったこともあって、かなり精神的にも負担になっていたとは思うのですが、チャカに着いてから1週間ほどで慣れて、宿舎の敷地内ならば外に出しても自由に遊べるほどまでになりました。今ではほぼ全てのスタッフに存在を知られるほど、みんなに親しまれる猫となってます(笑)。
チャカも日中は結構暑くなるので、またお腹を出した体勢で寝ることが多くなった |
平時はウガンダ人スタッフは毎週末ほとんど皆地元に帰るために、事務所の宿舎は閑散とするらしいですが、移動制限があるためにほぼ全員宿舎に残り、毎週末簡単なパーティーがあります。移動制限とかは不便なので早く終わって欲しいけど、他のスタッフと交流するには新米の私にはこのような機会は絶好のチャンスなので、ピンチをチャンスとして活用してます。
こんな感じでボチボチやっております。今のところ、田舎で不便な面もありますが、幸いとてもいい同僚たちに恵まれて、元気にやってます。